そのに映るモノ 序章



― side スグル


「お〜い、勝(スグル)。また、来てんぞぉ」


かったるい4時間目の授業がやっとこさ終わり、安らぎの昼休みだと欠伸をしたとき、親友の間の抜けた声が聞こえた。
振り返れば、にやりと笑った楽しげな顔。
俺はまったくもって、楽しくないというのに、コイツときたら。


「楽しむんじゃねぇよ、一郎」
「しょうがねぇじゃん。スグルがイライラしてんの見んの、すげぇ楽しいぜ」


似合わないウインクなんか決められて、俺は重たい溜め息をつく。
そして、俺をイライラさせる原因を教室のドア近辺に見た。
群がるようにドアからこちらを覗く化粧バリバリの化け物……もとい、女子生徒たち。
2年になった今では、嫌でもアイツらのお目当てがわかる。


「今日は多いなぁ、スグルのファンは。羨ましいぜ」
「どこがだよ。俺はあんなケバケバした女なんか興味ねぇよ。かなり萎える」
「そう言えるのは、モテル男だけだって。オレみたいな平凡人には、言えない贅沢ってもんよ」


本当によく言うぜ。
確かに俺はこの高校でもちょいと有名なモテ男だが、一郎だってバリバリサッカー青年の男前なスポーツマンだ。
試合の日となれば、他校からも一郎目当ての女がこぞってやってくる。
しかし、何気に真面目なヤツで、今付き合っている彼女とは中学生からの付き合いらしく、もう3年になる。
一郎の女論を聞き流しながら、俺たちは昼飯のために食堂へ向かった。






「にしてもよぉ。スグルって、あんなにモテんのに、なんで女つくんないんだよ?」


学生で溢れかえる食堂で、手頃な場所を確保し略奪した昼飯を頬張りながら、一郎がつまらないことを訊いてくる。
まぁ、一郎がそう言うのも無理はない。比較的美人が多いと評判の、この大川高校に通いながらも俺は入学してから1人も付き合っていない。
女遊びをしていなかったわけじゃないし、勝手に彼女気取りをしていた女もいたが、それは俺の中では完全に除外だ。
遊びだと理解できない頭の悪い女は、嫌いだから。


「俺は、頭の悪い女は嫌い。ケバイ女も嫌い。自分のこと過信してる女も嫌い。ここにいるほとんどの女が、このどれかに当てはまってるから。よって、俺が付き合いたいと思う女がいない。以上」
「う〜。お前、変に頭いいから、時々、理解すんのに時間かかるぜ。でもさ、ほとんどってことは、何人かはそのどれにも当てはまらない子がいるんじゃん?」


珍しく核心をついてきた一郎に、少々驚く。
サッカーでもすげぇ数のゴールを決めてるが、勉強でもスバラシイ数の追試をゲットしてる、その頭でよくそのポイントがわかったもんだ。


「今、バカにしただろ……」
「おぉ、それもわかったか。すげぇな。今度のテストじゃ、追試ひとつくらいは減るんじゃねぇの?」
「スグル……。それだから、3年に目ぇ付けられるんだぜ。まったく。まぁ、でも? オレは知ってるんだよなぁ。お前が最近、気になってる子」
「はあ?」


ニヘリと笑う焼きそばパンのソースがついた顔。無性にムカつくのである。
とりあえず、そのことは置いといて。一郎の言ったことには呆れた。
俺が気になってる女がいるって? つまり、俺が好奇を抱いている女がいると?
コイツはさっき言ったことを聞いてなかったのか? 俺が付き合いたいと思う女はいないと言ったばかりだ。


「ふふん。隠しても無駄だぜ。最近、その子のことばっかり見てるじゃんか。ぼぉっとしてると思ったら、スグルの視線の先には彼女。みたいな?」
「ムカつくな。誰のこと言ってんだよ、一郎」
「へぇ、無自覚とは面白い。まぁ、スグルの目がいくのもわかるけどな。なにせ、相手はこの大川高校でも有名な美女」


もったいぶる一郎が、その美女だとかいう女の方に人差し指を向ける。
俺は親友のおとぼけに付き合い、指が指し示す方に目をやった。
次に目を開けた時、一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、親友が天才なんじゃないかと思えた。
それから、気づかれないように小さく舌打ち。


「彼女だろ?牧原芽(マキハラ メイ)」


一郎の指の先は何度、見直しても完璧に彼女を差している。
自然な栗色は流れるようで、透き通るような白い肌が周囲との神秘的な境界線となっている。
同じ制服を着ているのに聖母のような美しさ。自然と目がいく。
それだけでも十分なのに、彼女にはふんわりとした独自の雰囲気がある。彼女の周りだけ、別世界のようだ。


「ほらみろ。もう、周りが見えてねぇぜ」


ふいにかけられた声に、俺は不覚にもハッとなった。
そんなに周りからもわかるくらい、ぼぉっとしてただろうか。


「んなことねぇよ。別に気にならねぇし」
「どうだかなぁ。牧原ちゃん、超かわいいし。もう、僕の心は牧原ちゃんに奪われてしまった! なぁんてな」
「やめろよ。そんなんじゃねぇ」


おもしろがって、ヘラヘラ笑いやがる一郎。
今度は聞こえるように、舌打ちした。……まったく、効果なし。なんとでも言ってろ。
今日わかったことは、一郎が俺の予想以上に動物の勘が働くってこと。

でもな、一郎。お前の予想はちょっと外れた。まったくは、外れてないけど。
牧原芽。みんなが言うように、牧原芽は可愛い。正直言えば、最近の俺は牧原芽に目を奪われてた。


「一郎、移動すっぞ」


だから、だから……行動に出たんだ。




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