その瞳に映るモノ 第1話-@
― side スグル
3日前のその日、たまたま彼女が職員室に呼ばれたことを知った。
俺みたいにセンコーの説教を聞かされるためじゃなくて、ちゃんとした優等生の理由。
だから、それを利用した。
さぼり魔の俺にとって、誰も来ないような場所を探すのに時間はかからなかった。
職員室に行く道中は使われていない教室へも近い。
見えないような場所で待ち伏せしていると、時間どおり彼女が現れた。
いつも通りの白い肌に栗色の滑らかな髪。完璧な女。
今は、ほとんどの生徒が帰った放課後。職員会議のためセンコーも職員室に集まっている。
この日、この時に牧原(マキハラ)を呼びだしたセンコーは天才だ。
よりにもよって、職員会議の前に生徒を呼び寄せるだろうか? まったくもって、バカだ。
何も知らず、平然と歩いて行く背筋のいい牧原の背後に回り込んで足音を忍ばせる。
伊達に教師の目を盗んでサボってきたんじゃない。彼女が気づかないように忍び寄るのは簡単だった。
そして、使われていない目当ての教室へ向かう廊下の曲がり角にさしかかった時、背後から牧原を取り押さえた。
「え? ふっ」
一瞬の神業で、牧原の両手を捕え、叫ばないように口を塞ぐ。
俺の存在に気が付いていなかった彼女は、あっという間には俺の手の中に収まった。
出だしは順調。こんな簡単だとは思わなかったくらいだ。
「ふ……んん……んぐぐ」
なんとか助けを呼ぼうとする彼女だが、今日は最高のコンディション。誰も気がつく者はいない。
そのまま廊下の角を曲がり、お目当ての空き教室のドアを開け、牧原を中へ放り込んだ。
段取り良く事前に盗んでおいたカギで、今度は教室のドアから誰も入れないようにカギをする。もちろん、誰も出れないように。
両手の拘束も口を塞いでいた手も、ほどいたというのに牧原はこの現状を理解できていないのか、呆然として暴れようともしない。
「はい、これで準備完了っと」
ガキが掛かったのを確認して、俺は鼻歌気分でそう言った。
段々と現実味が出てきたのか、彼女の身体に震えが増していく。
しかし、見た目よりは度胸が据わっているようだ。震えで立っているのもやっとの身体で牧原は俺に問いただしてきた。
「な、何なんですか? どうして、こんなこと……佐藤先輩?」
「へぇ、俺の名前知ってたのか。意外だな。何も知らない無知な子に見えたのに」
「ドア……教室のドア……開けて下さい。これから、職員室に……い、行かないと」
「知ってるよ。だから、今日を選んだ。予定はスムーズに進んでる」
カギの掛けられたドアと、楽しげな俺を交互に見ながら、牧原が必死に思案しているのがわかる。
どうやら思っていたよりも彼女は頭の回転が速いようだ。だが、その回転速度も今の状況では、まだまだ追いつかない。
ハイになってくる俺の心臓。俺が一歩近づくと、牧原も怯えながら急いで一歩下がる。
「なにが……なにが目的なんですか? ……なんで」
「なんだと思う? 牧原。なんで俺がお前をここへ連れ込んだか。……わかってんだろ?」
俺は近くにあったイスにどすっと座り込む。
俺が動く一つひとつの動作に牧原が、びくりと震える。牧原の背中が教壇に当たる。
鋭い目で捕えられた牧原。この俺が服従させているという支配感。こんなにいいものだとはな。
「わか、わかりません。……職員室に、行かせてください」
「ふっ。なんでかっていうと、俺は牧原のこと、自分のモノにしちゃおっかなぁと思ってるわけ。だから、今日は職員室に行くの諦めな。これからの時間は俺が使う……ま、つまりは抱いてやるってことかな」
最後の言葉を聞いた瞬間、牧原の肩がびくりとする。
「……佐藤先輩なら、こんなことしなくても女の人、たくさんいるんじゃないですか。こんなの……まるで」
「まるで、強姦? 変な言葉、知ってんな。カワイイ顔して意外に淫乱です、とか? 残念だけど、強姦ってな。最初は無理やりでも、途中から相手も気持ち良くなれば、和姦っていうんだよ」
「……」
牧原の言うことがわからなくもない。
ファンクラブがあるほどモテル俺なら、こんな強行的なやり方じゃなくても、普通に近づくことで牧原を落とすことだってできる。
なのにどうして、こんな方法をとったのか。答えは簡単。普通のやり方に飽きたからだ。
別に自慢してるわけじゃないが、いま同級生たちが焦ったり楽しんだりしてる一般の恋愛ってもん、俺は中学生の間に済ませてしまった。
この高校に来て女をつくらなかったのには、そういう恋愛に飽きてしまったこともある。
「やっぱさ、どうせやるなら、もっとスリルのある方が楽しいと思わねぇ? 誰もやらないような方法。誰も知らない感覚。思いつくと、試してみたくなるじゃん」
「そんなの……変です、よ」
そう言いながら、彼女の左足が少しだけドアの方に近づく。
ああ、逃げるつもりか。無駄なことを。
焦り始めている牧原を見ていると、もっともっと焦らせたくなってくる。俺は座っていたイスから腰を上げた。
すると、それの気がついた牧原は考えていた計画を早め、即座にドアへと走る。
もちろん、カギが掛かっているドアはいくら動かそうとしても開かない。
ドアが開かないことがわかると、今度は誰もいない廊下へと助けの叫びを上げる。
「誰か! 誰か! 助けて! だれか!」
「やめとけ。無駄なことだぜ」
牧原の背後で一歩の感覚をおいて俺が近付くと、彼女は怯えた眼差しでこちらを振り返る。
にやりと笑った俺に、牧原の顔がどんどん恐怖へと変わる。ブラウンの瞳が潤ってくるのがわかった。
「今日は職員会議。部活もなしで、生徒は誰もいない。俺たち以外は」
「やめ、やめてください。本気で……私……」
「そんなこと言われて、俺が本気で止めると思うか? ちょっと抜けてるよな。もうこの際、諦めて自分も楽しむことを選んだら? ちゃんと服従するなら、それなりに可愛がってやるよ?」
「いや……やだ……サトシ」
ドアに崩れるように膝をつく牧原が、そいつの名前を口にしたのを聞き逃さなかった。
俺は同じような目線まで下がってやり、俯く牧原の顔を顎に手を添えてあげる。一粒の涙が右の頬を伝う。
「いま、サトシって言ったか? ……確か、牧原の幼馴染だったよな?あの、いつもくっ付いている目障りな頭山智(トウヤマ サトシ)」
「……は、離して……」
「お前、頭山が好きなのかよ。趣味わりぃ奴。……ふっ。まぁ、すぐにアイツのことなんか忘れさせてやるよ」
「……い、や……」
そうして、俺は恐怖に震える牧原の赤い唇に噛みつくように、初めてのキスをした。
さぁ、ショータイムの始まりだ。