男
前なきみ A
ソラの『不感症疑惑』の真意を測るため、おれたちはベッドの端に座って向かい合った。
「で、なにをすればいいの?」
「いや、なにって。そんな喧嘩、挑むように言われても」
腕を組んで、顎を上げた姿勢で言われても、まったく雰囲気が出ない。
おれたち、今からセックスしようってんじゃなかったっけ?
頭に疑問符を浮かべているソラは、意地とか羞恥ではなく、本当にわかっていないようだった。
おれはなんとなく出鼻をくじかれて、頬を指で掻く。
「あのさ、今こういうこと訊くのはどうかと思うけど、お前、彼氏とは」
「元、彼氏ね」
「ああ、うん。元彼氏さんとはどんな風にしてたんですか」
なぜか敬語になる。だって、本当に申し訳なさすぎるだろ。
今から親友とセックスするから浮気にならないように別れてください、なんて。
ああ、さっきの電話、思い出したら頭痛くなってきた。
それもまた、当の本人は笑顔で『元カレ』だと言ってしまうんだからいただけない。
「う〜ん、どんな風にって言われても。なんか、押し倒されて気付いたら終わってた?」
「なんだ、それ。こう、あるだろ? 触られて気持ち良かったとことか、こんな風にされた時は良かったとか」
「え、触られたこととかあんまりない。向こうが勝手に盛り上がって突っ込まれてお終いだし」
「……」
ちょっと待て。彼氏さん、いや、元彼氏さんよ。あんた、前戯もなしに突っ込んでたのか?
おれは口元をもごもごさせた。言いたいことは山ほどあるけど、どれを言っても誰かが嫌な思いをしそうだ。
「っていうか、あたし、あんまり性欲とかないのかも。自分から『したい』とか思ったことない」
「そりゃ気持ちよくない行為なんて『したい』と思わんだろ」
「他の女の子は『したい』って思うの? なあ、龍志の元カノは『したい』って言ってた?」
興味津々とばかりに、迫ってくるソラにぎょっとする。
ちなみに、最後に付き合った彼女に振られた理由は『龍くんって、もうちょっと魅力あった気がする』だった。
その日、たまたま街中で会ったソラを彼女に紹介したこと、おれは今でも後悔してる。
こいつ、女の子に対しては男前度、三割増しだからな。
「ちょっ、お前、なに赤裸々告白させようとしてんだよ! 元カノとの下事情なんて話せるか!」
「ええ! だって気になるじゃん! あんな可愛い子でも『したい』って思うのか!」
うわ、目がギラギラしてる。それは攻める側の目ですよ、アネサン。
「……もういっそのこと、女の子としたらどうですか」
「だめ。女の子としたら、絶対、あたしが男役だもん」
「……あ〜、そ〜」
なんかいろいろ聞いてはいけないことを聞いた気がする。
おれは赤と青に染まる顔を引きつらせ、どうしたものかと思っていた。
とにかく、なにがなんでも今からソラを抱かなければいけない。
それも彼女がそれなりに気持ち良く、それなりに満足するようなセックスをする必要がある。
おいおい、これってなんの試験だよ? 初めての時でもこんなにプレッシャーなかったぞ。
「あ〜、とりあえずだ。今日のところはおれに任せて、お前はじっとしてろ」
「マグロでいいの?」
「……性欲ない奴が、知識だけは立派か」
変わり者だとは思っていたが、こうなるといよいよ真に迫ってくるな。
おれはいろんな邪念を払うため、大きく息を吸い込み吐き出した。
よしよし、エロスイッチ入れるぞ。今からおれは気持ちいいことをするんだ。なにも怖いことじゃないぞ。
右手を持ち上げ、ソラの肩口から頬、耳の後ろにかけてゆっくりと撫で上げる。
ソラは急なことに一瞬、びくりとしたが大人しくしている。
おれは目を細めてソラの細部を観察することにした。
相手をその気にさせる方法、その一、『丹念に相手を見ること』。
熱っぽい目で見られるとその気になるもんだ。しかも、その目が自分の隅々を見ているとなると、舌でなめられているように感じる。
少なくとも、今までおれが付き合ってきた彼女たちにこれをやると、頬を染めて目を潤ませていた。
「……ソラ」
「うん?」
が、ソラは違った。
見開いた目でじっと見つめ返してくるのだ。
観察するつもりが、逆に見られている。正直、やりづらい。
「もうちょっとさ、おれに身を任せようって気になってくれねぇ?」
「じっとしてろって言ったじゃん」
「そうだけど。おれだけその気じゃ意味ないだろ」
ソラは難しい問題を解く時のようにうなって、しばらく考える。
それから、おもむろに近づくと、おれの右ひざにまたがってきた。
「こんな感じ?」
「あ〜、うん。ちょっとは触りやすいかも」
うお、胸でか!
この体勢だとソラの胸元がおれの目の前にくる。豊潤な肉体に思わず目がいく。
あいかわらず、体だけは女性らしいことで。
いつもはじっと見ると睨まれるけど、今日は見てもいいんだもんな。
「……龍志ってこんなに器用だっけ?」
「え? なにが?」
気付けば、ソラのTシャツは引き上げられ、飾りっ気のないブラのホックが外されている。
あれ、おれってば無意識?
呆れるソラを横目に、服を脱がす間もなく、おれの手はホックの外されたブラの下に滑り込む。
やわけぇ、ってかデカイ。包み込んでもはみ出してるし。
「ん……胸、触んの?」
「そりゃ触るだろ。なに、触られたことない?」
「あんまり」
「マジか」
反応に困っているのか、ソラは胸を触られながら片眉を寄せる。
いつもはかっこいい彼女の、珍しい戸惑いの表情。あ、ちょっといいかも。
おれの好奇心はむくむくと成長し、胸を包み込む右手をさらに揉みしだく。
と、見せかけ、ふいうちで乳首を弾いてやった。
「ぁ、やっ」
「お、なんだよ、声出んじゃん」
にやりと笑ったおれは、目線を上げて―――固まった。
「……え」
「やぁ。なに、いまの」
涙目になったソラは驚きと当惑に口元を押さえる。
震わせる肩に、初めて快感を知ってしまった少女のような表情。
思わず、ごくりとつばを飲み込んだ。
「りゅう、し?」
「……」
戸惑うソラの声には答えず、手早くソラのシャツとブラを取り去る。
そこだけ日に焼けていない二つの膨らみに手を伸ばす。
挟みこんで持ち上げて…………。
いやいや、なにもやましいことは考えてないぞ。ただ良い膨らみだなぁ、と思っただけだ。いろいろ出来そう、なんて考えてないぞ。
それに今はアブノーマルなことしなくても十分、楽しめそうだ。
すでに少し硬くなっている指先で擦り、もう片方を口に含んで舌先で転がせば、ソラから声が上がる。
「あっ、んんぅ……やぁだ」
「気持ちいい?」
「ふぅ、そこでしゃべんなっ」
「いてっ」
ぽかり、と頭を叩かれる。でも、いつもより全然、力が入ってない。
頬をやんわり桃色に染まって、欲情してるのがわかる。
気付いてない振りしてるけど、さっきからおれの膝にソラの下半身が擦りつけられている。
どうやら、ソラ自身も無意識にやってることらしい。
「よっと」
「うわ!」
ソラの背中を支えてベッドに押し倒す。
いつもソラが我が物顔で寝転がる、おれのベッドに組み敷くってなんか変な感じだ。
ジーンズのベルトに手をかけると、ソラが慌てた。
「わっ、い、いいよ! 自分で脱ぐ!」
「なんで? ストリップでもしたいのか?」
「違う! なんか、やだ! りゅ、龍志、手つきがえろい」
そりゃ、えろいことしてんだから当たり前だろ。
ため息をつくおれの下で、ソラは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。あれ、マジで恥ずかしいのか。
主導権を握られた屈辱から下手な言い訳をしてるのかと思っていただけに、その反応は新鮮だ。
調子にのったおれはソラのジーンズを脱がして、その足を大きく開かせた。
「ぎゃっ」
「『ぎゃ』って、お前、色気ない声出すなよ」
「うる、さい!」
「あ〜、でもこっちは色気満載か。ほら、エロ汁で下着べちゃべちゃ」
「うう〜」
わざとAVみたいなことばを選んでやれば、ソラの羞恥は限界値に達した。
顔から煙が出そうなくらい真っ赤になって、首を横に振ってはうなる。
っていうかさ、こいつ、全然『不感症』なんかじゃねぇじゃん。めちゃめちゃ感じてるし。
でも、これ今言うと『もう確認できた!』とか言って止めそうだな、ソラの奴。
それはいやだ。最後までしたい。
すでに確認できてしまった疑惑の結果を、おれはあえて口にしなかった。
ソラの貴重な姿を目に焼き付ける、絶好のチャンスだ。
どうせ後で殴られるなら、できるとこまでやっときたい。
おれはソラのショーツに手をかけた。
「うわ、下着に糸、引いてんじゃん。あんなにかっこいいソラさんが、こんなやらしいなんて知らなかったなぁ」
「うう、龍志のばかやろー」
「そう言うなよ。気持ちくしてやっから」
「……あにゃ」
下着を足に引っ掛けさせ、小さく突き出た下の突起に触れると、ソラが変な声を上げた。
両足がビクリと震え、自分の声に驚いたソラが口元に両手を当てる。
この反応、さてはこれも知らないのか。
「ここな、女の子が気持ちいところ」
「変、なんかそこビリッて」
「気持ちいいってことだろ」
さらにそこを擦ってやると、ソラから鳴き声がもれる。
ようやくそれらしい雰囲気になってきたか。
おれもその声に煽られて、下をいじりながらソラの胸に唇を当てる。
「ひゃら、あぁ、変だよぉ……あそこ、びりびりするぅ」
「こら、あんまし煽んな。……ってか、マジでびちゃびちゃだな」
ソラの下半身は、文字通りしどどに濡れていた。明日のシーツ換えは決定だ。
おれの独り言にまで、ソラはびくりと体を震わせる。
親指でクリトリスをいじりながら、人さし指をソラの中にそっとさしこむ。
突然の侵入者に、ソラは驚きに目を見張った。
「あ、やっ、急に入れんなっ」
「ああ、わりぃ。だいぶ濡れてっから大丈夫かと」
思った通り、ソラの中はおれの指一本なんか、するりと受け入れる。
なのに、ソラは初めての子みたいにふるふると小さく震えている。
突起で快感を与えつつ、中を探る。
「はあ、ふたつ、いっぺんに……動かしちゃ、やっ……あ、あ」
「ソラも女の子だったんだなぁ。なか、すっげぇあったかい」
と、その時だった。
「あっ、変、なんか……なんか、くるっ」
「へ?」
「ひゃああん、あぁ、なんかきてるぅ」
様子の変わったソラに驚く間もなく、ソラは高い声で鳴いて全身を震わせた。
声にならない声にぎゅっと目をつぶり、シーツを足で掻く。
「っ〜〜、っ…………ぁ、あ」
「……っ」
ソラの中に入れていた人さし指がぎゅぅって締め付けられる。
やばい、すげぇ入れたい。この中におれの入れて、めちゃくちゃにしてぇ。
ソラの壮絶なイく姿は、おれの息まで荒くした。
「はっ……ソラ、大丈夫か?」
「ぁ、ぁ…………あたま、ぼやってする」
「イったんだろ。なか、すげぇ締まった」
「うや、こんなの、知らない」
未知の体験に泣きそうに歪むソラの顔。
やっぱり、ソラの奴、イッたことなかったのか。そんな気はしてたけど、これはちょっとすさまじい。
おれは自分の履いてるジャージの下、息子が痛くなるのを感じていた。
頭の中はもうソラに入れることしか考えてない。
でも、大丈夫か? イッただけでぐずぐずになってるソラに、これ以上の快感が耐えられるだろうか。
己が欲望よりもまず、ソラのことが心配だった。
ここは一旦、手を引いてからの方がよくないか? というか、こういう機会ってまたあるのか?
「龍、志?」
「……」
ソラに覆いかぶさったまま、動こうとしないおれを不安そうに見上げてくる目。
それに答えてやるには、おれの理性は飛び過ぎてる。
「龍志」
「え」
ちゅ、って。
唇が触れた。下から、ちゅっと触れるだけのキス。
目に入ったソラは真っ赤になって顔を背ける。
な、なんだ、それ。ここまでしといて、こんな子どもみたいなキスが恥ずかしいのかよ。
おいおい、マジで勘弁してくれ。
ソラの胸元に額を付けて、深く息を吐きだした。
「りゅ、龍志?」
「わかった。もういい加減、わかった。おれはお前には勝てない」
「は?」
おれは顔を上げて、目の前のソラをじっと見つめた。
ソラのきょとんとした顔がおれを見つめ返す。
「ソラ、おれたち付き合おう」
結構、一世一代の告白だったって今でも思う。
でも、やっぱり男前のソラには勝てなかった。この後の、ソラの返事でおれの方が惚れちまったんだから。
「ばぁか、付き合って下さいの間違いでしょ」
おれの首に手をまわして、にやっと笑ったソラは余裕顔のくせして真っ赤っかで、おれは軽くイきそうになった。
●●●
そして、現在。
二週間に一度の周期、真っ最中。
「ンはぁ、りゅーしぃ」
「舌っ足らずで名前呼ぶとか、反則だっ」
ベッドに座ったおれの上、膝に乗っかったソラは舌を伸ばしておれを呼ぶ。
伸ばされた舌に吸いつき、じゅるじゅると吸い上げれば、ソラの腰が面白いほど跳ね上がる。
つながった部分がやけどのように熱く、絡みつく中がおれを放そうとしない。
「んんぅ、ふはっ……もっとぉ、して?」
「この、淫乱!」
ソラの尻を掴み、下から突き上げる。技術もへったくれもない、めちゃくちゃな突き上げ。
それでもソラは喜んで鳴く。その度に中がやばくて、おれは耐えるために奥歯を噛んだ。
結果として、ソラはものすごい感度が良く、性欲の塊だった。
誰だ、不感症とか言った奴。性欲ないとか言った奴。
その上、普段の男前度は変わらず、乱れるのはおれの前だけなんだから、ハマらないわけがない。
今では、おればっかりこいつに依存してる気がする。
「ああ、いい……いっちゃ、イっちゃうよぉ。イイ? イっていい?」
「イけよ、おら! おれに突かれて、無茶苦茶にされてイけ! ……くっ」
ずんっ、と突きあげればソラはビクビクと快楽に身を任せてイき狂った。
「ひゃああぁ、きもひ……ぁあ、あっあっ……んぅん」
「うっ、くっ……」
「ぁ、ぁ……あっ」
遅れておれもゴムの薄い膜越しに精を放つ。
出しきるために、ソラの体を抱えて数度、突き上げた。
数秒後、二人して力が抜け、ゆるい倦怠感が体を包む。
ソラの熱い腕がおれの背中に回り、鼻が首元を擦り上げ、おれの耳を舌がぺろりと舐めた。
「っ……こら、イったすぐに変なことすんな」
「ふふ、龍志、耳弱い」
「…………攻め顔になるの止めてください。襲ってんのおれだから」
いや、むしろこれだけ激しいセックスしといて余裕かましてるソラ相手じゃ、おれの方が襲われてるんじゃないだろうか。
ソラの快楽のつぼを探り当てたのはおれだと思う。
けど、こんな風に本当に気持ちいいセックスを教えられたのは、おれの方だった。
でも、それはきっとさ、体の相性がいいってだけじゃないんだぜ。
「やっぱさ、おれ、お前のこと好きだ」
「知ってる。龍志、あたしのこと大好きだもんね」
「……お、お前は? どう、なんだよ?」
セックスまで上手くなってしまったソラとおれじゃ、釣り合ってないのはどう考えてもおれの方だ。
いつか、過去の哀れな彼氏さんのように、おれもバッサリ捨てられるんじゃないだろうか。
そんなちっぽけなおれの不安を、残念かな、ソラはあまりにもかっこよく優しく包み込む。
「不安そうな顔して、可愛い奴め」
「そ、ソラさん?」
「ばかだなぁ、きみは。最愛の人は一人で十分。―――愛してるよ、龍志」
ソラは今日も、おれの好奇心と本気を放しそうにない。
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