らないきみ @



ソラと連絡がつかない。
もう4日になる。

携帯に電話をかけても留守番サービスにつながる。
メールは返ってこない。家の住所は知らない。
もちろん、大学にも来ていない。

ソラ、どこにいるんだ。

「あいつ、まさか別れるつもりじゃ、……いや、それこそまさかだろ」

最後に会ったのはカオルさんを紹介された日。
あの日の夜、ソラは明らかにおかしかった。いつも男前なソラでも、エッチ好きなソラでもなかった。

ちゃんと聞いておけばよかったのか。なにかあったのかって、どうかしたのかって。

ソラ、ソラ、ソラ。おれはお前のこと、なにも知らない。

「なあ、りゅーし! 会社説明会、行こうぜ!」
「だー! うるせー! おれは今、真剣に悩んでんだよ! 会社説明会なんて行ってる暇はない!」

横からデカイ声で叫んでくる友樹に、デカイ声で拒否を返す。
ここは大学の食堂。今は昼の授業に入った時間帯で、生徒はまばらだ。

友樹はなにやら会社の情報が書かれた紙を手に、おれの眼前に突きつけてくる。

「2年の夏から会社説明会なんて早いだろ。お前、そんな真面目だったか?」
「たはっ、ばれた! ぶっちゃけ、ここの会社、美人な社員が多いんだってさ。この前、行った先輩がそう言ってた」
「お前……。結局、そっちが目当てかよ」

不純な理由で会社説明会に行こうとする友人に、呆れのため息をつく。
友樹は唇を尖らせて、ぶーぶー文句を言いはじめる。

「だってさ、つまんない説明会にも理由がなきゃいけねぇじゃん。アネゴだって言ってたぜ? 〈将来の道筋にはなにかしらの理由がいる。リスクがあっても望みがなくても、自分の納得する理由があればひとはどこまでいける〉って。かっこいいよな、アネゴ」
「え、ソラが?」

いかにもソラらしいことばだ。あいつの道筋には迷いなんてない。
自分の決めたことはどこまでやり通す。それは彼女自身が納得しているからだ。

そんなソラだから、あの晩の迷いは不思議だった。

「な? だから一緒に行こうぜ、会社説明会! アネゴも2年のうちから何件か回ってるらしいぜ」
「そうなのか? まあ、それなら」
「よっしゃ! へへ、龍志ってマジでアネゴの話すると乗り気になるよなぁ」
「……は?」

内心、ぎくりとする。
友樹にばれるくらい、おれのソラに対する態度はあからさまなのか。気をつけないと。

それに会社説明会に行くのはなにもソラの話を聞いたからじゃない。
友樹が持っていたのは一度、行ってみたいと思っていた会社の資料だったし。

もしかしたら、いろんな説明会をまわっているせいで連絡が取れないのかもしれないからさ。


●●●



と、初めての会社説明会へ来て見たわけだが、……やばい、すげぇ場違い。

入学式以来のリクルートスーツは窮屈で、高層ビルの広い会場は豪華過ぎて落ち着かない。
足もとはふわふわの絨毯で、天井からの照明がまぶしい。
イスに腰掛けている就活生は、みんな緊張した面持ちで談笑する声も少ない。なかには明らかなエリートの雰囲気を醸し出す学生もいて、正直、場違いも甚だしい。

「やばい、すげぇ帰りたい」
「龍志、緊張しすぎだろ。今日は説明会で、面談じゃねぇんだぜ?」

隣では、七五三のごときスーツ姿の友樹が陽気に語る。
ことばだけじゃなく、友樹の表情には余裕がある。案外、こういう奴ほど採用されたりすんのかな。

まだ本番の就職活動まで時期があるといっても、こうして現実の重苦しさを知らされるとやる気が萎える。

〈久世エンターテイメント〉

今回、説明会に来たのは、食品からエンターテイメントまで幅広くこなす、国内大手の企業だ。
海外進出の噂もちらほら耳にする。資料でちらりと倍率を見たけど、目が回った。
とてもおれなんかを相手にしてくれるとは思えない。

緊張のまま説明会は始まった。

だが、残念なことにほとんど耳に入らない。なぜって、すごすぎて。
会社に関する説明はさることながら、周囲に学生のやる気がやばい。
次々に映し出されるスクリーンの映像と、マイクを通して語られる専門用語、まわりは超高速で動くシャーペンの音。

圧倒的に根気負けしていた。

「帰りたい……」

弱気な言葉が何度でただろう。
説明会も終盤に差し掛かったころ、にわかに会場の外が騒がしくなった。

「なんだ?」
「さあ?」

友樹の噂通り、美人の多い社員がさっきまでの冷静を失って、慌てふためている。
しばらくして、進行役の男性がマイクを通して、熱のこもった声で説明した。

「ただいま、社長の久世が未来を展望する若き皆様にごあいさつをしたいということでありまして―――」

男性社員の声が聞こえたのはそこまでだった。
会場が一気に騒然となる。学生たちは口々に驚きと喜びを口にする。

おれはそこまで調べてこなかったが、どうやらこの会社の社長は相当のやり手で有名らしい。

忙しいはずの社長が、こんな会社説明会ごときであいさつするなんて。
騒然とする会場にもったいぶることもなく、その人は現れた。

すらりとした背格好、高級そうなスーツを着て、颯爽と歩く姿。
意外と若い。三十前半かもしれない。壇上に立ってさわやかに微笑む表情からは、親しみすら感じた。

「やあ、みなさん、こんにちは。今日はわが社の説明会への参加、ありがとう。社長の久世幹也です」

若きエリート、完ぺきな成功者。そんな人の話を訊ける機会は貴重だ。
学生たちは目を見開いて、耳をかっぽじって聞きいったが、おれはまたもそれどころじゃなかった。

おれの目は壇の下で、社長を見上げる女性に釘づけだったから。

「……ソ、ラ?」

ありえない。

ありえないことはわかっていた。
こんなところに、しかも社長の側近のように付き従うスーツ姿の女性が、大学生の宮口ソラであるはずはないと。

でも、おれの目に映る、表情のない人物はどう見たってソラだった。

「うそだ。なんで……」

会社説明会を回っているせいで会えないのだ、と推測したのは確かだ。
だけど、こんな形で会えるだなんて思ってなかった。

ソラ、ソラ、ソラ。お前、そこでなにしてるんだ?

そうこうしているうちに、社長のあいさつも説明会も終わっていた。
就活生のなかにかわいい子がいたと追いかけて行った友樹とはぐれ、おれは社内を出口に向かって歩く。

頭のなかは、スーツを着こなしたソラのことでいっぱいだった。

あの後、あいさつを終えた社長に命じられるまでもなく、彼の後を無表情に付いていったソラ。
いや、ソラらしき女性、と言った方がいいのだろうか? 本当は見間違いでは?
ソラと連絡が取れないせいで、似たような女性を思い違いしたんじゃないか。

だとしたら、馬鹿らしい。ソラにも笑われてしまう。

「どんだけ私に会いたいの、龍志ってば」
「なんて言われて、…………え?」

頭の中の声が妙にリアルで聞こえた。
振り返った先に立っていた人を見て、おれは息を詰める。

「ソ、ラ……。本当に、ソラなのか?」
「自分の彼女の顔もわかんなくなっちゃった?」

腕を組んで壁に右肩を預けるソラは、少しも笑わない。
なんだ? なんか、いつもと違う。

「なんで来たの? だれに訊いたの? カオル? まさか、〈あの人〉のさしがね?」
「え? なにが? おれは友樹に誘われて、たまたま……。ってか、お前こそ、なにやってんだよ。社長のあとなんかついて」
「社長? ハッ。あんな人、〈社長〉なんて呼ばないでよ」
「そ、ソラ?」

ソラの言っていることはわからない。ただ、機嫌が悪いのはわかる。でも、なぜ?

4日ぶりにやっと声が聞けた、再会できたと思ったのに、ソラは少しも嬉しそうじゃない。
今すぐに抱きしめたい衝動がおれの中でくすぶって、発散できるタイミングを逃している。

廊下の曲がり角でだれかの話声がした。
ソラはちらりとそちらを見てから、おれの手を取って引っ張る。

「来て。ここじゃ目立つ」
「え、あ、おい」

おれはソラに導かれる形で廊下を進み、どこかわからない部屋に押し込まれた。

ここはどこなんだ、と思うより早く、胸元に温かい感覚。
ソラがおれの背中に手をまわして抱きついていた。

「会いたかった、ずっと。龍志に触りたくて、触って欲しくて」
「ソラ……」

寂しげなため息を共に吐き出されることばに、廊下にいた時の冷たさはない。
おれの鎖骨辺りに押しつけられるソラの頭に、そっと手をまわす。
腰を引き寄せ、ソラのつむじに鼻を寄せる。

ああ、やっとだ。やっとソラに会えた。

「おれもソラに会いたかった。その、……なんで、連絡取れなかったか、訊いてもいい?」

さっきの不機嫌な様子もあって、恐々と尋ねる。
ソラは顔を上げ、にこりと笑ってみせた。あ、いつものソラだ。

「ふふ、龍志は本当にかわいいね。私のこと、こんなに夢中にさせて。悪い人だ。でも、ダメ。その質問には答えられない」
「なんで? あの社長さんとどういう関係なん……ん」

聞きたいことは他にもあって、吐き出すように告げたことばはソラの口に消えていく。
背伸びをしたソラに塞がれた唇は、久しぶりに味わうソラとのキスになだめられていく。

「ん、んぅ……りゅー、し」
「……は、ソラ」

口は自由になっても、質問の続きがすぐには出てこない。
はぐらかされている自覚もあるのに、問い詰めることができない。

なぜって、ソラの目がおれを見るから。

ソラは欲に濡れた瞳を輝かせ、濡れた唇をぺろりと舐める。
それから、唇をおれの弱い耳元へ持ってきて言うんだ。

「ねぇ、龍志。オフィスラブって燃えない?」




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