らないきみ A



燃えるか、燃えないかと訊かれた、そりゃ燃えるわけで。
ソラはおれの答えなんかわかってるとでもいうように、床に膝をつくと止める間もなくおれのスラックスのベルトに手をかけた。

「ちょっ、ここ会社!」
「わかってるよ。だからいいんじゃない? オフィスでセックスなんて燃えるでしょ? ほら、龍志の持ってるAVにも」
「うわー! うわー! 言うな!」

おれの部屋の押し入れに詰め込まれた夢を思い出そうとするソラを、必死の思いで止める。
本当にどこまで知ってるんだ。ソラに隠しごとなんて出来やしない。

真っ赤になって悶えていると、もうスラックスのチャックが下ろされ、ソラの手が下着にかかっていた。

「お、おい。マジですんのかよ」
「するよ? 言ったじゃない、触りたかったって」
「だ、だからって、こんなところで……」

オフィスラブもなにも、まずここはおれのいるべき場所じゃない。
どこの世界に説明会を受けにきた会社で、ついでにセックスして帰るやつがいるんだよ。そんなの丸っきりAVじゃねぇか。

なにが問題って、確かに興奮してんのに、いろいろ不安が多すぎて……。

「あれ? 龍志、元気ないじゃん」
「うう……、頼むから言わないで」

息子に元気が出ない。

だって仕方ねえじゃん。どうせ、おれはビビりの小心者なんだからさ。
赤かった顔が青くなって、汗と混じって涙が出そう。

情けないおれに、ソラは「しょうがないなぁ」と呟き、部屋の奥に連れていく。
そこは物置きのようで、会社で使う備品がきれいに置かれていた。

ソラは古い作業机の空いたスペースに座って、おれのネクタイを引っ張る。

「ふふ、スーツ姿の龍志なんてカッコいい。また家でもスーツ、着てよ。そしたら、私が脱がしてあげる」
「ソラさん、えろい」
「えっちくしてんでしょ? ほら、龍志くんの好きにしていいんだよ? 社会人ヴァージョンのソラちゃん、好きにできるのは龍志だけ」

甘く囁きながら、おれのネクタイをゆっくりほどく指先に息が荒くなる。
ホント、誘い方とか上手いよな。毎回、異なるソラの手先に翻弄されっぱなしだ。

「ねえ、なんならこのネクタイで縛ってみる?」
「……さすがにそこまでしなくても。おればっかり触るのも、それはそれで落ち着かない」

それだと丸っきり、おれがソラを連れ込んで無理やりやってるみたいじゃないか。

そう言うと、ソラはあっさりネクタイを捨てて、おれの手を自分の胸元へ導く。
おれがソラのブラウスのボタンを外していると、柔らかい太ももがおれの足の間に入りこむ。

「うっ」
「あ、なんだ。元気でたじゃん。良かったね、龍志」
「……やっぱり縛った方が良かったかも」

そんなこんなで、どこか情熱的に成りきれないまま、おれたちは擬似オフィスラブを堪能しはじめた。

ブラウスの前だけ開けて黒のブラを押し上げ、ソラの豊満な胸を愛撫する。
ストッキングは脱ぐというから、それを手伝ってみたが、なかなかに興奮してしまってソラに笑われた。
よく考えたら着衣のまま致そうとするのは初めてで、汚しちゃいけない緊張感が良いスパイスになったくらいだ。

「ん……ちょっと待って」
「え」

ソラのストップが掛かったのは、もうすぐひとつになろうという時だった。
おれはソラの大事な部分に触れていた指をそっと抜きだす。

ここで止められるのは、結構、きついんですが。

「そんな熱っぽい目で見ないでよ。別に止めようってんじゃないんだから」
「じゃあ、なんだよ?」
「龍志、ゴム持ってる?」
「へ?」

質問の意味が頭をめぐって戻ってきた頃、おれは現実を理解した。

「……持ってない。っていうか、会社説明会にコンドーム持ってきてるやついるか?」

いや、いるかもしれない。あの、かわい子ちゃんを追いかけて行ったバカな友樹とかなら。
だがしかし、残念ながらそこまで用意周到でないおれは、重要な避妊具を持ち合わせていない。
まさか、こんなところでソラに会って、こんなところで致してしまうとは思っていなかったんだからしかたない。

「だよね。どうしよう。…………だめ。そんな目で見ても、生ではしない」
「ですよね。はははっ、……どうすんの?」

怒られしまった。
仕方ない。本能に忠実な男が、こんな中途半端な状態でおあずけくらってんだから。
いっそのこと、譲歩して素股にするか? でも、それだと服が汚れる。

「あ」

ふいに、ソラがなにか気付いたような声を出した。
それから、嫌なものを見るみたいに顔を歪めて、残念そうに告白する。

「持ってるわ。私、ゴム持ってる」
「は? なんで?」
「さっきもらったの」
「だれに!」

この驚きをだれが共有してくれよう。
しかし、ソラはおれの焦りを無視して、冷静にスカートのポケットからピンク色の見慣れたパッケージをとりだす。

「お目付役みたいなやつに彼氏がいるのがバレて、〈避妊はちゃんとするんですよ〉ってさ」
「それ、おばちゃんだよな?」
「ううん。二十七歳の男」
「……ソラちゃん、ちょっとそこら辺詳しく訊こうか」
「あん。詳しくは体に訊いて」

わざとらしく、体をくねらせるソラ。動いた拍子に胸がたわんで、危うくそっちに意識が逸れる。
その隙に、パッケージをやぶってゴムは、おれの超元気な息子に被せられてしまう。

「ソラさん、手際良すぎ」
「ふふん。それだけ早く欲しいってことですよ、りゅーしくん」

キスされて、思考が怠慢になっていく。ああ、だめだ。またはぐらかされてる。
わかってるのに、目の前に差し出されたご馳走には逆らえなくて……。

まあ、なんというか、そう、楽しんでしまったわけですよ。オフィスラブ、万歳。


●●●



「あ、ストッキング破れてる」

余所様の会社の、見知らぬ倉庫でしてはならぬことをしてしまった後、身支度を整えているとソラが後ろで唸る。
どうやら、うすい布を脱がす際に、少々勢いあまって破けてしまったらしい。

「あー、悪い。新しいの買ってきた方がいいか?」
「素足でもいいけど、別に。若いですから? でも、次にそういうプレイする時はお家でしてくださいね。龍志は本当にこういう変態くさいプレイが好きだよねえ、困った困った」

しみじみとつぶやき、使い物にならなかったストッキングを上着のポケットに押し込むソラ。
そのことばに動きが止まる。

「聞き捨てならねえんだけど。俺だけが、変態みたいじゃん」
「楽しくなかったんですか、ストッキング破る時」
「それはもう楽しかったですよ、非常に」

勝ち誇ったようにソラが笑う。
くそ、自分だってこんなところ連れ込んだくせに。

コンコン、と部屋のとびらが鳴った。

唐突な外部からの音に、体がぴしりと固まる。
冷や汗でいっぱいになるおれを余所に、ソラは不思議そうに首を傾げる。

こら。小さい声で、そんなに大きい声で喘いでないのにな、とか言うな。

「ソラさん。社長がお呼びです」
「ちっ、わんこか」

感情の読めない声がソラを呼ぶ。ソラは珍しく舌打ちなんかしてイライラとドアを開けに行く。
え、なに? 知り合い? わんこ?

ソラが身仕度もあいまいにドアを開ける。
そこには金髪の外国人が立っていた。背の高い、ブルーの瞳をした色の白い男性。

「レオン、なに?」
「社長がお呼びです。明日の予定について話しておきたいことがあると」
「あ、そう。……取り込み中だって言っても、意味ないんだろうね」
「その場合、そちらの男性もご一緒願います」
「馬鹿じゃないの。ダメに決まってるじゃない」

なんか……、ソラが異常に冷たい。
ヒールで床を叩き、腕を組んで、面倒臭そうにため息をつく。

そんなソラの態度を見ても、金髪の外国人はぴくりとも表情を動かさない。
っていうか、この人、日本語上手いなぁ。

ぼんやりとそんなことを考えていたら、相手の男性の青い目がちらりとこちらを見る。
喉が引きつって、今さらのように気付く。そうだ、おれ、こんなところにいちゃいけないんだ。

そのうち、ソラが一拍の手を打った。

「わかった。今すぐに〈あの人〉のところへ行くから、彼は何事もなく、速やかに家へ帰してあげて。送るとか、そういう余計なことはしなくていいから。わかった?」
「かしこまりました。ソラさん、社長にお会いになる前に、シャワーをお浴びになるといいかと。一日分の汗も、残っているでしょうから」

シャワーがどうたらのくだり、ずっとおれのことばっか見てるんですけど。
こわっ! どうしたらいいんだ、この状況。まさか、バレてる?

「はいはい、ご忠告どうも。龍志、寄り道しないでまっすぐ帰るんだよ? あと2日もしたら帰れるから。帰ったら、まっさきに龍志のところへ行くね。それじゃ」

それだけ言うと、ソラは廊下の角を曲がってあっさりと消えた。
お、置いていくなよ。せめて、会社の外くらいまで案内しろよ。っていうか、ここどこだよ!

半パニック状態で立ちすくんでいると、ソラが曲がり角からひょっこり戻ってくる。
ふわりとなにかを空中へ投げ、にやりと笑ってこう言った。

「レオン。あなたがくれた避妊具、ちゃんと役に立ったわ」

舞い踊ったストッキングは、レオンさんのきれいな金髪の上に落ち着いた。
そして、フロア中に響くような笑い声を残し、今度こそソラは去って行った。

「……」
「……」

気まずい。

いくら自分の彼女がしたこととはいえ、さすがに引く。
確かにちょっと悪戯好きなやつだけど、年上の男性にやっていいことだろうか。これってセクハラというやつなんじゃ……。

「あの、なんか、すみません」

とりあえず謝ってみる。
レオンさんは無言で、頭にかかったストッキングを取り払って丸める。

「あの……」
「おかまいなく。慣れていますから」
「いや、でも」
「それに、あれはあの方の一種の甘えです。子猫が甘咬みするくらい、可愛いものでしょう」

こちらを向いた、レオンさんの顔にぞくりと背筋が震えた。
彼はあまりにもきれいに口元を吊り上げ、―――笑っていたから。

笑みは一瞬のうちに消え、レオンさんはおれに出口までの道を教えてくれた。

それから、どうやって帰ったのかわからない。
なんだか、見知らぬ世界へ迷い込んで気付いたら家だった、みたいな感じだ。
いつの間にか、友樹からメールが来ていて追いかけた女の子に振られただのなんだの書いてあったが無視した。

ソラはあそこでなにをしていたんだろう。

結局、重要なことはなにも訊けずに、沈みこむように眠りこんだ。




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