そのに映るモノ 第2話-@



― side サキ


メイが陽なら、私は陰。2人で1つ、昔はそう思っていた。
今は違う。私から離れていく、メイ。1人で何もかもこなしてしまう、妹。

でも本当は、昔っからそうだった。昔からメイに私は必要なかったんだ。
私の後ろを付きまとっていたと思っていた、甘えん坊な妹。本当は私がメイに影に隠れて付きまとっていただけだったのに。




今はこの高校に入ったことすら、後悔している。家から一番近い学校だからと言って、双子の妹と一緒に入るのは良くなかった。
少し遠くても、なんなら全寮制の学校にでも行けば良かったと今更な後悔。もう遅いのに。私は、妹のおまけでしかない。


生徒で賑わう昼休みの食堂。前方に座る仲睦まじい2人。
私の前に座るのが、たった1人の姉妹、牧原芽(マキハラ メイ)。その雰囲気からなにからが可愛い。
成績は私の方が上。しかし、私とは決定的にちがうなにかを、彼女は兼ね備えている。
天然で男の人からは守ってあげたくなる存在。ふんわりしていて、常に明るく周囲に人が絶えない。

その隣にいるのが、頭山智(トウヤマ サトシ)。私たちの幼馴染で、メイの恋人である。
活発で男っぽく、それでいてだれにでも優しい。サッカー部所属で、先輩からも可愛がられている。
メイがサトシを好きになる前から、私がずっと思い続けてきた人。

そして、私のことを〈サキ」と呼んでくれる数少ない人。


「……ちゃん? サキちゃん!」
「え? あ、なに、メイ?」
「なにじゃないよ! サキちゃん、さっきから全然お箸進んでないよ? また、食欲ないの?」
「そんなことは、ないんだけど」


カレーライスのスプーンをこちらに向けながら、プンスカ怒る妹。
彼女の言うとおり、見下ろした蕎麦はさっきから全く減っていない。
いま気がついたという様な表情をしてみせると、メイの隣で定食を頬張るサトシがため息をつく。


「そんなことあるだろ、サキ。最近、また痩せたんじゃないか? 無理に食べろとは言わないけど、体力保つくらいは食べろよ? 心配するだろ?」
「そうだよ! あたしくらい食べなきゃダメだよ、サキちゃん!」
「メイの場合は食べ過ぎ。太っても知らないぞ」
「えぇ〜? そんなに食べてないよ、普通だよ? サトシのほうが食べすぎだもん!」
「俺は良いの。後でちゃんと消費してるから。メイも運動しろよな」


私の話だったはずの会話は、いつの間にやら2人だけの世界になっていく。
いつもこんな感じ。これもこの学校を選んで後悔した、ひとつ。今に始まったわけでもないのに。
こんなもの毎日見せられることを選んだなんて、私ってマゾの性質でもあるんじゃないかって苦笑してしまう。


「あっ、スグル先輩だ! スグル先輩! こっちですよ!」
「っ」


ざわざわと騒がしい食堂にメイの可愛らしい声が響く。その声が呼ぶ相手に、吐き気を覚えた。
大勢いるなかでもひときわ目立つ2人組。1人は爽やかでテンションの高い、坂上一郎(サカウエ イチロウ)先輩。
サッカー部所属で、面倒見がよくサトシとも仲がいい。

そして、メイが嬉しそうに呼んだ相手。―――佐藤勝(サトウ スグル)。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。三拍子そろった学校内でも有名な女ったらし。

なにより、3日前に私のことを無理やり抱いた男。しかも、それはメイと間違ったというのだ。最悪な男。


「良かった、ちょうどメイちゃんのこと探してたんだよ」
「そうそう。早くしないと座る席がなくなるって言ってんのに、メイちゃんの近くに座るってうっせぇんだよ、コイツ」
「ホントですか、坂上先輩? 嬉しいです! あたしもスグル先輩ともっと、お話したいと思ってたんです」
「嬉しいこと言ってくれるよね、メイちゃんって。頭山くんも、こんにちは」
「……どうも」


親しげにメイの隣に座る佐藤先輩。私を抱いた次の日から、私の知り合いだと勝手に言ってきて、今みたいにメイに取り入っている。
もともと女扱いのうまい先輩のことだ、こうなることも薄々感じていたけど、メイは思っていた以上に彼に懐いてしまった。
それに、そのことをよく思わないのは私だけじゃない。自分の恋人が女ったらしで有名な男と話していたら、好い気はしないだろう。
サトシは佐藤先輩に会うたびに、極力関わらないようにそっけない態度を取っている。

ちなみにだけど、決まって私のことは無視。あいさつなんてない。
ただ、目だけがこちらを見て、フッと笑う時がたまにある。




優しそうっていうのが全面的に出ていて、なおかつ慕っていきたいと思わせる雰囲気。
私といる時とは全くちがう話し方に、その態度。まるで別人みたい。
なのになにを考えているんだろう、私は。例えそれが妹の、メイのためだからってあんな契約を結ぶなんて。


―――俺が牧原芽を落とすまでの間、お前が妹の代わりになれ。


突拍子もない条件だった。普段の私なら、即決で切り落としていたであろうに。
それでもその契約を結んだのは、私のどこかに気の緩みがあったからかもしれない。
このありふれた生活にも、自分を認めてくれない、自分がいない世界で生きていくことにも。

そのすべてに飽きてしまったのかもしれない。


佐藤勝。


〈なんでかっていうと、俺は牧原のこと、自分のモノにしちゃおっかなぁと思ってるわけ〉


彼がそう言った時、恐怖の後に不思議な感情が浮き出てきた。―――〈本当に?〉
心の中に浮かんできたその言葉は、まるでそうされることを望んでいたような感覚だった。

なぜか? そんなの簡単だ。
どんな方法であれ、どんな人であれ、このなにもない私に興味を持ってくれる人がいる。そのことが、単純に嬉しかった。

そんな人、だれもいなかった。私に、牧原咲(マキハラ サキ)に興味を持ってくれる人なんて。
唯一、傍に居てくれた人は結局は私のモノじゃない。それは幻想、その時だけの儚い夢でしかない。
だから余計に、私でもだれかのモノになれるという事実に、心の底から喜んだ。

そう思ったから、抵抗もこれといって出来なかった。涙も出てきた。
でもそれは恐怖からじゃなくて、嬉しさと信じられないという思いから、どうすれがいいのか分からなかったから。



〈……俺のモノだ、メイ〉


夢は儚い。分かっていたことだったのに。自分の馬鹿さ加減がいやになる。
最後の瞬間、意識が途切れとぎれになる中、聞き取れたこの言葉に一瞬で涙が止まった。
それから出てきた感情は、〈ああ、やっぱり……〉。やっぱり、この人も私を見てくれてはいなかった。

次に目を覚ました時、教室の天井のシミを見て、自分がどれだけ馬鹿で汚い存在なのか改めて知った気がした。
その後は一粒も涙が出なかった。もう、いつもの自分に戻らなければいけなかったから。
妹が一番の自分を犠牲にする健気な姉。自分という存在をもってはいけない。

それなのに結局、先輩と契約を結んでしまった私は、どんな形でも人の温もりに触れていたいと思っているのだろうか。




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