その瞳に映るモノ 第2話-B
― side サキ
だれもいない生徒会室で2人っきり。窓の外から聞こえてくる体育授業の声。
生徒会長のイスに座った佐藤スグル先輩の目線は、さっきから窓の外に向いたまま。
そんな彼を床に座って見上げる、不細工この上ないバカな私、牧原サキ。
どうして、先輩はそっちばっかり見てるんですか?
力の入らない身体を無理にでも力を入れて、手を伸ばす。
先輩のズボンのベルトを無言で外していく。その行為にようやく気がついた先輩が驚いた声を出す。
「あ? お前、なにやってんの?」
「……」
ズボンのチャックを開けて、一瞬だけ迷う。今まで男の人のモノなんて見たことも、もちろん触ったこともない。
私を勝手にやっていく行為に気づいても、先輩は止めるでもなく、メイの時とはちがう冷めた目で見てくる。
本物の頬笑みで見ていたメイの時とは似ても似つかない怖い目線なのに、その目の先が今だけでも私にあることが……。
最初から直接見ることはさすがに無理だったので、とりあえず下着の上からそっと触ってみる。
少し触っただけでもわかるその存在感と、熱い熱が伝わってくる。
ここまで勢いで来たものの、これからどうすればいいのか分からなくて、変におろおろしてしまう。
「軽く握ってみろ」
「え、ぁ……こ、こうですか?」
「ん……もっと強くてもいい。そのまま上下に扱けよ」
ゆるくその形に添って握ってみると硬さがさらにわかって気恥ずかしくなる。
でも、それによって頭上の先輩の様子に変化を与える。ちょっと擦れてくる声、なにかを我慢するような眉間のシワ。
その一つひとつに見惚れては、その変化を与えているのが自分だということに、無償に嬉しくなった。
もっともっと、もっと。そうすれば、先輩は私を――――。
気がついたらためらっていた下着も平気で下げていた。ずるりと出てくる男の人の象徴。
知らずにゴクリと生唾を飲みんでいた。恐怖からじゃなくて、これからする行為そのものに。
ゆっくりと慎重に顔を近づけていくと、その先のことを予測した先輩が私の頭を押さえて止めた。
「え? どうして?」
「どうして? ってお前なあ。……別に無理にやってくれなくてもいいんだよ。どうせ、〈今しゃぶらなきゃ俺が写真バラ捲く〉とか思ってんだろ? マジで嫌がってる相手にさせるほど、俺はサドじゃないって言ってるだろうが。だいたい、……よく考えれば、こんなことメイちゃんはしないよな」
「……」
悲しそうにクスッと笑う先輩。今まで見たことのない、その表情。
それもどれも、さっきの頬笑みも、全部メイがさせていることなんだ。
その時、なにかが崩壊したような気がした。自分自身でもわからない、なにかの壁。
「……ゃです。イヤです」
「だから、嫌だったら止めとけって」
「ちが、……ちがう! イヤなんかじゃ。私が、嫌じゃなかったら続けてもいいんですよね? たとえ、メイがしないことでも」
「なに言って、……おい!」
先輩の言葉を最後まで聞かないうちに、彼の少しだけ硬くなっているソレに舌を伸ばしていた。
一度舐めてしまえば、そこからはタカが外れたようだった。ペロペロとアイスみたいにぎこちない感じで舐めていく。
舌を伝って口の中に流れてくる苦い味さえも、なんだか今は気にならない。
「ッ……くっ。お前、やめとけって」
「んぅ…ふぁ、んん……ぅんん」
「んで、そんなに必死なんだ? ……うっ」
だんだん2人とも息が上がってくる。先輩のを銜えこんでみると、口いっぱいに苦味が広がってくる。
これが先輩の味?これって、先輩が私のすることで感じてくれてる?
彼にどうして「そんなに必死なんだ?」と聞かれた時、自分でも分からなかったけれど、答えるために一度口を離した。
「はっ。ったく、勝手に暴走するんじゃねえよ。淫乱女」
「私……私、先輩に気持ち良くなって、ほしいから。……そんな理由じゃ、ダメなんですか?」
「……お前、なに言ってるか分かってる?」
「わ、私は、メイが出来ることはなにひとつできないから。笑顔とか、可愛くしたりとか。……だ、だから、メイが出来ないことは絶対に、で、出来ないと」
「……」
きっと私がなにを言いたいのか先輩はわかってないだろう。だって、私自身も分かっていないのだから。
だけど、次にそっと先輩のソレを銜えこんだとき、もう彼は止めたりしなかった。
前にどこかで聞いたことのあるとおり、口に銜えたまま前後に頭をふってみると、口の中のモノが質量を増す。
「ふぅん、あふ……んん、んぅん」
「は…ふっ……ッ」
時おりもれる先輩の声が、触られてもいないのに私の身体を熱くしていく。
もっともっと、聞きたいと思ったころには、必死で頭を振っていた。
そのころにはソレはかなり大きくなっていて、私の口の中に納まりきれなくなっていたので、先端部分をキュッと吸い上げるように刺激してみる。
「ッ、ばっ、それ止めろ! くっ……出る、放せ」
「ふぅぅ、ん、ん…んん、ぁんぅ…ん」
今度は先輩が必死に私を止めようとするけど、そんな制止なんて効かない。
刺激を続けるソレが、ドクドクと脈打っているのが唇と舌伝いに伝わってきて、先輩の限界を知らせる。
それが分かっていても私には、この行為を止めようという発想は浮かんでこなかった。
「ばかっ、マジで……くそっ、離れろっ! ……クッ」
「んんん…あぅ、ふぅん……あっ」
最後の最後で先輩の右手が私の頭を引きはがして、その瞬間はなにが起こったのかよく分からなかった。
でも、目の前で息を切らしている先輩を見て、飛び出してきた白い液体が自分の顔にかかっているのに気がついた。
それでも不思議な事に全く嫌悪を感じず、キツイ運動でもしたかのように息を切らす先輩が可愛く思えたりもした。
「はぁ…はぁ…ほんっと、お前って馬鹿じゃないのか? はぁ…離せって言っただろうが」
「あ、えっと……ごめん、なさい」
「はっ、マジでお前、Av女優とか向いてるって。なんちゅうエロイ顔してんだか。自分で今の状況わかってんの?」
俯いたままの先輩は、私が座り込んでいる床に腰をおろして、机の上のタオルで私の顔を拭いてくれる。
顔の表情は見えないけれど、なんだか力なく笑っている様子で。そんなにひどい顔をしてるだろうか、私は。
「あの、今のって、先輩が気持ち良くなったから……ですか?」
「なんだそれ? 気持ち良くないのにイクわけねえだろ」
「……えっと、それって、私がしたから?」
「さっきから、なに? お前、さっきしてたことの記憶ぶっ飛んでんのか?」
やっと私に目を合わせた先輩は、不思議そうに怪訝そうに眉をひそめる。
今の私は、嬉しいのだろうか? 少なからず、きっと多分そうだと思う。
だって、初めてだった。メイが出来ないことで、だれかを良い気分にしたのは。
「そっか。私が、そうなんだ。……良かっ、た」
「へ? あ……ちょ、おい!」
そこで私の意識はプツリと切れる。
覚えているのは、大きなバタンという音だから、きっと私は倒れたのだろう。
そして、慌てた様子で必死に声をあげる、だれかの声?
気がついた時、最初に見たのは真っ白な天井だった。
おでこに冷たい感触あって、右手で触ってそれが冷却シートだとわかる。
カーテンが敷かれたところから、シャッとそれを開けて白衣姿の女性が入ってきた。
「あら、目が覚めたのね。気分はどう? ちょっと熱が高いみたいだったけど、それ以外はこれと言って外傷もないし大丈夫だと思うんだけど」
「……ここは?」
「保健室。あなた、牧原サキさんよね」
「あ、はい。あの、どうして私、ここに?」
ゆっくりと起き上がってみると確かに、ちょっと熱っぽくて頭が一瞬クラリとする。
隣でいろいろと作業をしている保健医の先生は、私の問いにキョトンとした顔をする。
「覚えてないの? まあ、無理もないわね。ここへ来た時は本当に辛そうだったから。ここまで二年生の男の子が連れてきてくれたのよ。すっごく必死で〈急に倒れたから。大丈夫なのか?〉って。さっきまで、ずっと傍に居てくれたのよ。今は先生に呼ばれてちょっと席を外してるけど。ステキな彼氏ね」
「え? い、いえ」
あまりにもひどい誤解している先生は、クスリと意味深に笑って職員室へと出かけていった。
二年生って、佐藤先輩? ずっと傍に居てくれた? あの人が? ……どうして?
ベッドの右側に置かれていたイス。言われてみれば、なんだか右手が温かい。
「……スグル、先輩?」
その後は先輩が帰ってくるかもなんて淡い気持ちも感じたけれど、もし今顔を合わせてどんなふうになにを言えばいいのかわからなかったから、なにも言わずに1人で家に帰った。
立ち上がった拍子に、またグラリと来たときに、これって寝不足のせいもあるんじゃないかと頭を痛める。
なにやってるんだろう、私。帰ったらまた、メイが心配するんだろうな。
でも、私の頭の中で一番、ぐるぐると回転していく考えもメイのことでも、サトシのことでもなかった。
あの人がわからない。妹の身代わりだって、人とは思えない酷いことを平気で言ってみたりさせたりする、怖い人。
なのに、たまに見せる変な顔。こんなふうにどうでもいいと思ってるはずの私に、優しくしたり。
先輩は私のことなんだと思っているのだろう。そして、……私は?