そのに映るモノ 第3話-@




― side スグル


時々、妙に心配になる。こいつはこのまま手を離すと一生帰ってこないんじゃないかって。
簡単に人が人生を捨てる世の中。もしかしたら、これからこいつは1人で死んでしまうんじゃないか。

だれにも看取られずに、ひっそりと。



だるい身体を辛そうに動かして身支度を整える、この牧原サキを抱いてから5日。
んで、こいつが倒れた日から2日が経っている。
今日も今日とて、あの日のことがなかったことのように、空き教室へ呼び出して今は情事の後ってわけ。
この数日間の間だけで、何度となく抱いた身体は俺が予想していた以上に開発されている。

今だってほら、俺がタバコをふかしながら制服を着始める牧原サキをじっと見ているだけで、俺の視線に気がついたこいつがビクリと肩を震わせて、恐るおそるこちらを見る。
その顔は赤く火照っていて、さっきまで感じまくって泣きはらした目、喘いで擦れた声が。


「なん、ですか?」
「ん? 別に。エロイなあと思って。その痕」
「え? ……ぁ」


制服のブラウスでギリギリ隠れるか隠れないかのところにある、赤い生々しい痕。
それに気がついた牧原は、必死になって隠そうとする。俺がなに度もなに度も抱いてやってるのに、相変わらずこういう反応は初々しい。
分かっていてわざと、その場所に痕をつけた俺も俺だけどな。

いや、あの日はちょっとちがってた。



2日前のあの日、生徒会室でこいつにフェラしろって言ってやった。
最初っから別にどっちでも良かった。ただ、どんな反応するか見てやろうと思っただけだ。
予想通り、こいつは泣きはらして「イヤだ」と言って動かなくなった。

舌打ちして、ふと窓の外を見れば、俺の本命であるこいつの妹・牧原メイが体育の授業中。
変な感覚だよな。おんなじ顔した人間を別の場所で、同時に見ているんだから。
元気に明るくダチと楽しそうに笑う彼女が眩しくて、気づかず頬が緩んでいたんだと思う。

その時、下半身に違和感を覚えて慌てて視線を戻すと牧原サキが、俺がさっき強制しようとした行為を自分から始めようとしていた。
意味が分からなかった。さっきまであれほど嫌がっていたのに、今度聞けばどうだ。


〈私、先輩に気持ち良くなって、ほしいから〉


牧原、あれはどういう意味で言ったんだ? 俺を満足させれば、解放されると思ったのか? それとも―――。

いや、それはないな。とにかく、やたらと必死だったのは覚えてる。
当たり前だけど、テクだなんて言えないほど全然なってなかった。なのに、俺は感じてた。
やっぱりあれか? 顔がメイちゃんと似てるから、その前に本物を見たから?



「……先輩、佐藤先輩」
「あ? ああ、なに?」
「あの、もう帰ってもいいですか?」
「あー、うん。別にいいけど」


俺の錯覚かもしれないけど、こいつ、日にひにやつれていってる気がする。
それほど細いってわけじゃなかったけど、雰囲気の方が弱っているように見えてるのかもしれない。

今日はそんな気分だったから、なぜか情事のあと牧原の手を取ってしまったんだ。
驚いたように、そして少しだけ嬉しそうに小さく微笑むような彼女に、途中で「しまった」と思う。
俺は彼女を強制的に強いている存在なのに、なにを優しく接してしまっているのか。
態度で示さなければならないのに、〈お前は妹の代わりなんだぞ〉と。

まぁ、でもたまには〈アメと鞭」の方法も効果的なのかもしれないな。




こいつが目の前で倒れたとき、俺はかなり焦っていた。
自分でもどうしてあそこまで焦ってたのか考える前に身体が動いて、気がついたらこいつを抱えて保健室まで走ってた。
そのまま預けて帰れば良かったのだろうけど、なんだか離れられなくてらしくもなく、ベッドに横たわるこいつの手をずっと握ってた。
っていっても、センコーから呼ばれて帰ってきてみれば、せっかく優しくしてやった相手はもぬけのからだったわけだが。

メールするべきか迷ったが、ここで〈心配してますメール〉なんて送ったら、まるで――――。
とりあえず、次の日に普通に呼び出して、「昨日は大丈夫だったのか?」と聞けば。


〈はい、なんとか。……あの、ご迷惑おかけして、すみませんでした〉


深々と謝られる始末。最近気がついたけど、牧原はなにかあるとすぐに謝る。
自分に非がなくても、まるでそのことから逃げるように。
でも、あんなふうに優しくしてしまったことがキッカケなのか、あれから牧原はたまに笑みを見せるようになった。
メイちゃんとは全く違う、水仙の花が咲くようにひっそりと咲く微笑み。




学校からほど近い、便利なところに住んでるらしい彼女は、家の近くで足を止めた。


「今日は、すみませんでした。ここでいいので」
「は? なに言ってんの? 家、上げろよ」
「え、でも……」


今だってそうだ。本来は家に上がることが目的じゃなくて、勝手に身体が動いて送ってきてしまっただけで。
もっともらしい理由をつけないと、本気で俺が優しくしていると思われてしまう。
俺の言葉に、どもるように横を向く牧原。予想通りの反応だし、理由も分かってる。


「なんだよ。家に上がったからって、すぐにメイちゃんに襲いかかったりしねぇよ。それともなに? 写真で脅さないと言うこと聞けないの、オネエチャンは?」
「わかって、ます。そうじゃ、なくて」


あれ? なんだ? なんかこの様子じゃ、理由はメイちゃんじゃない?
意味が分からなくて眉間にしわを寄せると、牧原はそれを俺が怒っていると勘違いしたらしく、ビクリとしながらしぶしぶ家のほうへと案内した。
たまにあるんだよな、こいつ。意味分からないというか、なにが言いたいのか、感情表現が下手なんだよな。

突然の訪問のせいか、一戸建ての牧原家の玄関についたとき、彼女は俺に待っているように言った。
なかから牧原と母親らしき声が聞こえてきて、瞬間、俺は違和感を覚える。


「やっと帰ってきたの? 帰ってきたなら、あいさつくらいしなさい!」
「ただいま帰りました、お母さん。すみません」
「まったく、どうしてこんな子、生まれてきたのかしら! メイだけで十分だったのに! どうして、あんたまで一緒に生まれてきたのかしら? 要らないのよ、ホント! 迷惑かけないでちょうだい!」
「……すみません」


怒鳴り散らす母親、ただ謝るだけの牧原。
俺にとって、人の家の事情なんてどうでもいいことなのに。……なぜか、無性に腹が立った。
とにかく、待っているように言われた言葉を無視して、玄関の扉を開けて中に入る。
急に入ってきた俺に母親はもちろん、彼女も驚く。そして、俺の顔を見て母親の態度が一変する。


「……ども」
「ま、まあ、どうしたの? お友達? 一緒に来てたのなら早く上げてあげればよかったのに。どうぞ、上がって。あ、そうそう。お、お姉ちゃん、あとで飲み物でも持って行ってあげるわね?」
「いえ、自分で淹れますので、大丈夫です」
「そ、そう。ゆっくりしていってね」


挙動不審に俺の顔と、彼女の顔を見比べて母親は家の奥へと逃げるように去って行った。
俺たちは彼女が飲み物を入れてくれるらしく、キッチンへと移動した。


「なあ、さっきのなに? いつもあんな感じなのか?」


コーヒーを淹れながら、彼女がこちらを不思議そうにじっと見つめてくる。
どうやら、俺の口調が自分でも気づかないうちに怒っていたらしく、居心地が悪くて眼を逸らす。
また、いらないことしてしまった。別にどうだっていいじゃないか、こいつの家の事情だなんて。


「大丈夫ですよ。あの人たち、メイにはあんな態度取りません。安心してくれてかまいませんから」
「あー、うん。……お前には、あんななのか?」
「そうです。あの人は、昔から私には興味がないんです。私が物心ついた時には、私のこと施設に入れようとしたらしいんですけど、それは世間体が悪いって親戚から反対されて。それからの口癖が、さっきみたいなことです。もう、慣れましたけど」


なんの変哲もない普通のことみたいに、軽く笑って見せる牧原。
さっきみたいって、〈要らない〉とか? 人間のことを要る要らないで判断するものだろうか?
ましてや、それが我が子なら尚更だろ? って、牧原を妹の代理にしている俺が言えることじゃないか。


「そんなので辛くないのか?」
「辛いって、なにがですか? 私はこの家にも、どこにも居ない存在なんです。だから、辛いとか楽しいとか、そういった感情はありません。そりゃあ、さすがにあの人がメイにまであんな態度をとったりしたら、怒るでしょうが」
「ふうん。ほんと、お前って妹命だよな」
「……」


俺がなに気なく、そういうと彼女が淹れていたカップから、コーヒーの液体が少し零れたような気がした。
その雰囲気に違和感を覚えた時、玄関から物音がして話題の中心人物、牧原メイが帰ってきたことを告げる。
それをさっきの母親が出迎えているらしい。どうやら頭山サトシも一緒のようだ。

ほんの少し、遠くに聞こえる3人の話声。


「ただいまあ、お母さん! サトシ、連れてきたよお」
「まあまあ、お帰りなさい、メイちゃんにサトシくん。上がって行って。おいしいケーキ、用意してあるの。外は暑くなかった?」
「こんにちは、おばさん。お邪魔します」


声だけでもわかる。楽しげな一家団欒と、隣近所の親しい少年ってか?
牧原の言うとおり、さっきの態度とは全く違う母親。
それにメイちゃんは気づいていないってことは、メイちゃんの前では牧原へとったような態度はしてないってことか。
キッチンのシンクに寄りかかって、目だけでコーヒーを用意する牧原を見るが、無反応。でも気づいてる。


「……いつものことです」
「俺、まだなにも言ってねえって」


ダイニングのドアが開いて、そこから楽しそうに話しているメイちゃんと頭山サトシが入ってくる。
と、俺の存在に気がついたメイちゃんは、それはもう驚きと嬉しさでいっぱいって顔で走ってきてくれる。
本当にこの子は、思ったことが素直に顔の表情に出る子なんだろうなぁ。だれかさんとは大違いだ。


「やあ、メイちゃん。お邪魔してます」
「わあ! スグル先輩だ! どうしたんですか? サキちゃんと来たの? わあ、先輩が家にいるよお! すごいすごい!」
「メイ、ちょっと興奮しすぎ。そんな驚くことでもないだろ? 佐藤先輩、サキと親しいみたいだし」
「ああ、勘違いしないでね、頭山くん。彼女とはただの先輩後輩。ここにくれば、メイちゃんに会えるかなあって思ったからだよ」


俺の周りをはしゃいでまわっているメイちゃんの肩を掴んで、引きはがしながら守るようにして囲んでいる頭山。
思いっきり睨んでいるのがわかる意志の強い瞳。頭山、お前は牧原メイとサキ、どっちを守りたいんだ?
また、チラリと牧原サキのほうを見れば、少し目じりを赤くして俯きながら、なにかをぐっと我慢している。
あ〜、頭山サトシに〈自分と俺が親しい〉と思われてるのが嫌なわけな。こういうところはわかりやすい。


「あっ、そうだ! ねえねえ、サトシ。さっき言ってた無料券! 先輩たちも誘っていこ!」
「え? い、いや、それはどうかと。ほら、先輩はいろいろ忙しいだろうし」
「なになに? なんの話? 教えてくれない、メイちゃん」


頭山が心底嫌そうな顔でこっちを睨んでくる。もちろん、そんな視線は軽くスルー。
この頭山が俺に隠したいことがあるってことは、それはイコール、俺にとってかなり良いことはず。
メイちゃんは嬉しそうに自分のカバンの中を、ガサガサとあさって目的のモノを取り出した。
それは真っ白な封筒に入った、4枚つづりのなにかの券。


「これ! さっき商店街の福引で当たったんです! 遊園地の4名様、無料券! で、とりあえず、あたしとサトシは行こうって話してたんですけど、せっかく4人分あるんだし、サキちゃんもスグル先輩も一緒に行きませんか?」
「え? わ、私も?」
「当たり前じゃん! サキちゃん、いっつもどこか出かけるとき一緒に来てくれないから、今回こそは! って2人で遊園地の無料券狙ったんだから!」
「……そ、そうなんだ」


一緒に来てくれない? へぇ、意外だな。双子って言ったら、休日なんか特に一緒にいるもんだと思ってたけど。
もしかして、牧原って出不精? メイちゃんに笑顔で話しかけられてるって言うのに、牧原ときたら遊園地の話が出た途端、怯えるように緊張してる。


「へぇ、遊園地かあ。小さい頃に行ったっきりで、久しぶりだよ。俺で良かったら、メイちゃんと一緒に行ってもいい?」
「もちろん! やったあ! あたし、絶対に先輩と一緒に行きたかったんです!」


パアッと広がるような明るい笑顔に、こっちまでつられてしまう。
これは思っていた以上の収穫だったと思う。なかなか役に立ってるよ、牧原サキ。



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