そのに映るモノ 第3話-A




― side スグル


今度の日曜日、つまり今日から2日後に本命の牧原メイと、2人だけとはいかないにしろ遊園地でデートをすることになった。
邪魔なお荷物は、メイちゃんの双子の姉である牧原サキ。まぁ、こっちの方は俺の言うことを聞くから、なんとかなるが。
一番邪魔で面倒なのが、メイちゃんの幼馴染であり恋人という美味しい枠に納まっている頭山サトシ。
コイツをさっさと牧原サキに押し付けて、俺はメイちゃんとのめくるめくラブデートを満喫する予定だ。

あのままメイちゃんと話し込んでいても良かったのだが、ここは一度引いてみるのが恋の駆け引きってものだ。
とりあえず、今は牧原サキの客人として牧原家に来ているので、牧原の部屋へと案内される。
こうして今、さっきの会話をしていたせいで少しだけ冷えてしまったコーヒーを、黙りこくったメイちゃんの偽物の前で飲んでいるわけである。


「なに? 言いたいことあるなら言えば? 俺、今ちょっと機嫌良いし」
「……日曜日、本当に行くんですか?」
「俺は牧原メイちゃんを狙ってるんだよ。メイちゃんからの美味しいお誘いに乗らないでどうするんだ? まっ、そのまま美味しく頂いちゃっても、それはそれで御愛嬌ということで」


ニヤリと口元がつり上がる俺は、思っている以上に機嫌が良いらしい。
うじうじとなかなか言葉を発しない牧原の前でも、なんとなくそれが気にならない。
というよりも、どっちかというと牧原の方が怒っているような気がする。言いたいことがあるなら、言えっての。


「にしても、えらくユニークなご家庭にお育ちですねぇ、牧原さんは。でも、メイちゃんは気づいてないみたいだけどさ」
「メイには気づかれないようにしてきましたから、この十数年間。私のことを〈サキ〉って、呼び捨てで呼んでくれる人は、サトシとあとは叔父だけです」


ほんの少しだけ嬉しそうに話す牧原。コイツって、頭山の話しする時は嬉しそうな顔するよな。
俺は冷めきったコーヒーをグッと持ち上げて、最後まで飲み干す。
ん?あれ?今ちょっと、俺キレてないか?なんで?意味が分からないが、機嫌が悪くなっている。


「ほぉ、叔父さんねぇ。なに? その叔父さんも、お前のことアンアン言わしてくれるわけ? 近親相姦ってか?」
「そ、そんなんじゃないです! 叔父は私の名付け親です。あの人のことを悪く言うのは私が許しません!」
「……」


驚いた。コイツがマジでキレて、マジで俺に反抗してきたなんて初めてじゃないか?
今睨まれた瞳は、俺がメイちゃんを盾に脅した時よりも鋭かったような気がする。
んなに特別なのか、その叔父さんってのは?そういえば、俺も牧原のこと名前で呼び捨てにしたことない。


「いいですね、先輩は。ちゃんと裕福で仲の良い家に育って」
「普通だろ。姉貴が1人いるけど、仲良いってほどでもねぇし。つか、兄弟に関してはお前らの方が仲良いだろ。うちなんか、いっつもケンカばっかりだしよ」
「……ケンカっていうのは、本当の心の内を見せられるから出来ることです」


なんだ、なんだ?キレたかと思ったら今度は嫌味言ってきて、次は勝手に沈んでやがる。
確かに牧原の両親に関しては、どうかと思うし仲も良くないのだろうけど、双子の姉妹に関しては別だ。
妹は姉を慕って、いつも付いて回る。姉は妹を大切にして、自分を盾にしてでも守ろうとする。
これ以上に仲のいい姉妹なんて、……あー、もしかしてマジで近親相姦? しかも、レズとか?


「たぶん、いま先輩が考えていることは、ちょっと違うと思いますから取り消してください」
「あ?なんでわかんの? 声に出してた?」
「自分で分かってないんですか? 先輩って意外と顔に出る方だと思いますよ」


怪訝そうにこっちをみる牧原の言葉に、今までの彼女の行動と自分の思考を照らし合わしてみる。
もしかして、俺が思ってることを顔に出してたから、何も言わないでも牧原は俺の行動を分かってたのか?
これは少し改善の余地がありそうだと考えていたときに、牧原が机に置いたカップの音でハッと引き戻された。


「佐藤先輩は、お姉さんのこと、どれくらい好きですか?」
「どれくらい好きって。好きも何も、あんな暴力女キライだっての。一緒にいるとか無理ムリ」
「じゃあ、……どれくらい嫌いですか?」
「どれくらい? あ〜、そりゃ一緒に暮らせないくらい? いま、俺って1人暮らしだし。いまさら姉貴と同じ屋根の下はなぁ」


はははっ、と笑ってみるがこの場の雰囲気は良くならない。というか、今笑うのはちょっと場違いだったか?
俺の言葉を聞いた後、俯いたままの牧原がすっと顔をあげる。
このあとの牧原の顔と言葉を聞いた時、俺は初めてコイツに恐怖を感じた。


「それって、……首に手をかけたくなるくらいですか?」
「……は?」


部屋の中の酸素が全てなくなったような錯覚に陥って、息を吸うことを忘れてしまう。
何を言ったらいいのか、目の前の不敵に笑う牧原が何を言っているのかも考えられない。
それでも牧原サキは、俺の返事も期待しないで淡々と1人語っていく。


「メイってあの通り、昔から私についてまわってました。1人でいるのを寂しがって、いつも誰かと一緒にいるのを好んでいました。中学生になって別々の部屋をもらった時、私はそれで良かったんですが、メイはそうじゃなかった。毎夜毎夜、私の部屋へやってきては、「サキちゃん、一緒に寝てもいい?」って言うんです。今にも泣きそうに言うメイを、もう中学生なんだからって理由で追いはることも出来なかったんですよ。私の隣に潜り込んで、あっという間に寝てしまうメイの姿が、本当に可愛くて、でも……」
「でも?」
「……」
「言えよ」


コイツが言おうとしていることが、なんとなくわかってきた。
どうして、ここで牧原が話をとめるのかも、その残酷な結末も。
だから、だからこそ、俺は牧原を話の先へと促した。


お前のその残酷で、悲しい心、見せてみろ。俺は、……俺なら聞いてやるよ、牧原サキ。


「でも、ずっとメイの寝顔を見ているうちに。……気がついたのは、メイが苦しさに呻き声を出した時でした。幸いメイが起きることはありませんでしたが、あと少し力を込めていたらメイの首に痕がつくところだった。いえ、その時いっそメイが起きてくれれば良かったのかもしれません。妹を傷つけようとする私を知って嫌ってくれれば良かったのに」
「牧原……」
「それから、何度もメイは私の部屋にやってくるようになりました。でも、あの日からメイの傍で眠れなくなってしまったんです。そういう日は決まってメイが寝た後に、部屋をでてから倉庫として使っている部屋に行って、読書や勉強などで気を紛らせて過ごしました。怖かったんです。自分が殺人者になるんじゃないかって」


牧原の話を聞いていると、好きな子にデートに誘われてはしゃいでいた自分が情けなくなってきた。
あんな可愛い妹が傍にいながら、手放しで喜ぶことなんてできない。失いたくないのに、自分の手は妹を殺そうとした。
ふたつの正反対の心を持ちながら、純粋で汚れのない妹に笑いかけるのはどれだけ辛かっただろうか。


「的外れもいいところなんですよ。どうしてメイなんでしょう? 私をこの家にいない存在にしているのは、メイじゃなくて、両親なのに。どうして、……私はどうして、メイを殺そうとしたんでしょうか? 私は心のどこかで、今この状況になってしまったのは、メイがいるからだと思ってるのかもしれません。こんなこと、こんなの思っちゃいけないのに。……え?」


気がついたら牧原の隣に座って、彼女の身体を包みこんで抱きしめていた。
これ以上、辛そうに話す牧原を見ているのが嫌で、なによりこんな辛い話をしているのに、一粒も泣かない彼女が痛々しかった。
恐怖から眠ることもできない夜に、1人誰もいない部屋で音も立てずに泣いていたのかもしれない。
それを考えると何か嫌で、さらにきつく抱き締めた。最初は驚いた牧原も、少しずつ力を抜いていく。


「……泣けよ」
「せ、んぱい? 私、ほんと大丈夫」
「泣きたいんだろ? 泣きたいときくらい、ちゃんと泣け」
「……そん、な、の。……ははっ、泣くなんて、くっ……ふ」


俺に泣き顔を見せないように肩に顔埋めてきても、ワイシャツ越しにわかる温かい涙の粒が牧原の悲しみの深さを物語っているようだった。
今回は身体が勝手に動いたんじゃない。俺自身が、意識のある俺が自分から、いま目の前の牧原を抱きしめたいと思ったんだ。



この歪んだ牧原家の事情を、俺は垣間見たと思った。
でも、この家の事情は俺が予測していたよりも、さらに奥深い闇に埋もれていることをこの時の俺は知らず……。
そして、なによりもその奥深くによじ登ることもできない、深い谷底にひとり置き去りにされている少女のことも。

もちろんのこと、俺がその彼女の心を無理やりにも今押し開いていて、彼女は泣きながら俺に手を伸ばそうとしていることも―――。



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