そのに映るモノ 第4話-@




― side サキ


なんの因果か、今日は眩しいほどの晴天だ。天候までもがメイの喜びを分かち合っているような。
いや、もしかするとこれは、私への天罰の予兆なのかもしれない。ほら、悪魔は太陽の光が苦手なんでしょう?
私は牧原メイという美しい天使と似せて創られた紛い物で、それに気づかず本物の天使に近づこうとして堕ちた、堕天使なのだから。


「ダメだな。朝から、こんな考えじゃ」


だるい身体をベッドから引きずり起こし、窓から発せられる天の光に心臓を押えた。
寝不足。ううん、そんな淡い言葉じゃない。メイが私やサトシ、そしてあの佐藤スグル先輩までもを遊園地に誘ってから2日。
その日を考えると頭がグルグルと回転して、要らないことばかり考えて、目の瞳孔は開いたままに、横になっても少しも眠ることは出来なかった。


そして、今日が日曜日。遊園地に行く日だ。


なにを恐れているんだろう。最近はメイもさすがに1人で寝るようになって、なんとか私も寝れるようになったのに、この2日は病気が甦ったみたいに一睡も出来なかった。
たしかに今までメイとサトシのデートに付き合ったことは、当たり前だけどない。
何度かメイに誘われたけれど全て断った。だって嬉しそうに誘うメイの隣で、複雑な顔をしながらこちらを見ているサトシを見ると、誘いに乗ることなんて出来なかった。

まぁ、他にも理由はあるのだけれど。


「サキちゃ〜ん! 行くよ! 準備できた?」
「ぁ、うん、今行く」


こんなふうに自分でいろいろクダラナイことを考えているうちに、サトシを入れた私たち3人は隣町の遊園地へと向かって電車に乗ってる。
毎日何時でも笑顔でいる私と同じ顔のはずのメイが、今日はとびきりの眩しい笑顔だ。
隣で楽しそうに返事を返している頭山サトシ。彼の前にいるメイは、私たちには見せないような女の子の顔をする。
いつから、こんなふうになったんだろう。昔はもっとサトシだって、メイと私を同等に見てくれていたはずなのに。


「……気づかなかった、だけなのかな」
「え? 何なに、サキちゃん? 何か言った?」
「ううん。なんでもない」
「あっ、着いた。降りるぞ。メイ、忘れ物すんなよ」
「もぅ、サトシったら! そんな子供っぽいことしないもん!」


からかい、からかわれながら電車を降りる2人の背中を見て、危なく涙が出そうになった。
そうだ。サトシは同じ顔の私たちでも、最初っからメイのこんな可愛いところをちゃんと見ていて、最初っからメイが好きだったのかもしれない。
ただ、サトシは誰にでも優しいから、近くにいた私も一緒になって相手してくれていただけなのかもしれない。

クスリと笑った時、頭の中に浮かんできたのは、なぜかあの人で……。
じゃあ、あの人、……佐藤スグル先輩は?

そんなの考えるまでもなく、今までも知っているとおり、佐藤先輩は私のことをメイの代わりとしか見ていない。
サトシと比べるまでもなく、私のことを〈牧原サキ〉として見てくれたことなんて―――。
私が無理して倒れたとき、必死になって心配してくれて起きるまで手を握ってくれていたことも。
私の辛い過去を話したとき、泣きそうな私を優しく抱き締めてくれて泣かせてくれたことも。

あれは全部、メイの代わりだから? メイと同じ顔だから?


「おはよう、メイちゃん。昨日は眠れた?」
「あ! スグル先輩! おはようございます! 昨日の夜は、もう楽しみで寝れませんでした!」
「あははっ、可愛いなあ。今日はめいいっぱい遊ぼうな」


遊園地の派手な入口の前に立っていた、クールでお洒落などこから見てもカッコイイと見えるだろう佐藤先輩が、メイに向かって手を振る。
先輩は1人暮らしで隣町に住んでいるらしく、この遊園地からも近いということで現地集合となっていた。
テンションの上がっているメイと先輩を見つつ、サトシは不機嫌そうに入口に向かう。
佐藤先輩は、〈メイは自分か取るから、頭山サトシはお前にやる〉と言ったけれど、もしもメイがいなくなったとして、私にサトシのなかに空いてしまったメイの空白を埋めることはできないと思う。

商店街の福引で当てた遊園地無料券を持って、入場ゲートに向かうメイとサトシの後ろに付くと、後ろから佐藤先輩がふっと現われて変に緊張する。
休日ということもあって、2日前から一度も会っていない。恋人じゃないんだから、そんなの当然なのだけれど。
2日前に先輩の前で泣いてしまったこともあって、気まずい雰囲気に目を合わせることは出来ないはずなのに、後から先輩に腕を引っ張られる。


「え? ぁ、あの」
「……おはよ」
「ぇ。あ、えっと。おはよう、ございます」


小さい声でそう言われ、先輩は私の曖昧な返事を聞くと、満足したようにまたさっきのテンションでメイのもとに行ってしまった。
ビックリした。今までメイたちと一緒に会っても、目も合わせなかったのに今日はあいさつされた。
なんだろう、この感じ。心の中のカギがひとつ、ガチャリと開いたような感覚。
たった一言なのに、その言葉がとても暖かくて。そういえば、この前の先輩の腕も暖かかったな。


「じゃあ、最初はコーヒーカップ! 早く行こ! もう、サトシ遅い!」
「ちょっと待てって、メイ! 最初っからコーヒーカップかよ?」


入場ゲートをくぐれば、一面に広がる煌びやかに創設されたエンターテーメント。
小さな子どもの家族連れや、仲の良さそうなカップルたち。
その中を突っ走るように走っていくメイに、それを追いかけるサトシと佐藤先輩。
メイを追いかけるサトシと佐藤先輩は、競っているように見えてなんだか可笑しくなってくる。

無邪気に駆け回る妹を見ていると、まだ私たちが一緒くたに見られていた幼少時代を少し思いだした。




私たちの牧原の家は、親戚揃って日本人なのにパーティなどのお祭りごとが好きな一族だった。
特に小さい子供は可愛がられて、親戚中に引っ張りだこになっていたのを覚えている。


「まぁ、サキちゃん、メイちゃんの2人も大きくなったわねぇ」
「本当だわ。可愛いわねぇ。でも、いつ見てもどっちがどっちか見分けがつかないくらいソックリ」


ヒラヒラのついたお揃いのドレスを着せられた私とメイは、どこかパーティに呼ばれた時の決まってこう言われた。
私たち2人は、親戚の子供たちの中でも顔の創作も良かったうえの双子。
褒めちぎる親族たちの言葉に、始終母親が嬉しそうにしていた。
その頃の私は、今よりももっと無邪気で褒められれば素直に喜んでいたので、双子という枠括りでも『褒められる』ということが嬉しかった。


「ママ、ママ! おばちゃんにお小遣い貰ったよ!」
「ほんと? ちゃんとお礼は言ったの? メイも、サキも?」
「うん! サキも、ちゃんと言ったよ! ありがとうって! ねぇねぇ、母さんはサキたちが褒められて嬉しい?」
「えぇ、もちろんよ。わたしの自慢の娘たちですもの。わたしも嬉しいわ」


幸せそうに笑う母親が、私とメイの頭を優しくなでてくれる。
もしかすると、私は母親が優しくなでてくれることを期待して、周囲に褒めて欲しかったのかもしれない。
当時は両親のことを私たちは言い換えて呼んでいた。メイが『パパ・ママ』、私が『母さん・父さん』と。
今となっては機械が喋るように『お母さん・お父さん』と呼ばざる得なくなってしまったけれども。




「上の空だな、オネエチャン?」
「……佐藤先輩」


また物思いふけってしまって、あっという間に時間が経ってしまったらしい。
朝早く来ていたのに、いつの間にやらもう時刻は昼近くを差している。
いつからベンチに座って、今までどんな乗物に乗ったかも覚えていない。いつから佐藤先輩が隣に座っているのかも。


「なに、してるんですか?」
「何それ? アルツハイマー? って、んなボケいらないって。ほら、観覧車、乗るんだって。あれくらいなら乗るだろ?」
「観覧車?」


そういえば、目の前にそびえ立つ大きな観覧車の近くに、私たちは座っている。
この周辺でも一番高く大きいという有名な観覧車は、見上げてみれば首が痛くなるほどだ。
どうやら、メイたちは先に観覧車の乗り込み口に行っているらしく、2人の姿が大きな観覧車の下に小さく見えた。 隣で不思議そうにこちらを見る佐藤先輩を見て、疑問に思った。


「どうして、先輩が呼びに来たんですか?」
「はあ?だから〜、メイちゃんが観覧車くらないなら、オネエチャンも乗れるだろってさ」
「あの……、観覧車って、揺れます?」
「こんなのが揺れるかよ。ジェットコースターじゃあるまし。ほら、さっさと立つ!」


観覧車、一度も乗ったことがない。なんて、今の時点でも呆れている先輩には言えなかった。
遊園地に来てからもジェットコースターは、もちろん乗らなかったし、絶叫系は全部パスした……と思う。
いろいろと考えていて、あまり覚えていないけれど、今の身体が気持ち悪くないのでたぶん乗ってはいない。
さっさと観覧車に向かって歩いて行ってしまう先輩に、慌てて付いて行き横に並ぶ。


「佐藤先輩、メイとサトシを2人にしていて良いんですか? こんなことしてたら、サトシに取られちゃいますよ?」
「どっちを?」
「え?」


意味不明な言葉に聞き返すけど答えはなく、さらに早足で逃げるように先輩は歩いて行ってしまう。
『どっちを?』ってどういう意味?なんだか、今日の先輩を見ていると調子が狂う。

結局、私がトロかったこともあって、順番的にメイとサトシが先に観覧車に乗ってしまい、結果的には私と先輩が一緒に観覧車に乗ることになってしまった。
初めて乗った観覧車。小さなゴンドラはとても不安なもので、こんな緩やかな動きなのに小さな動きにビクリとしてしまう。
メイとサトシは最初っから付き合っているんだし、2人っきりにさせてあげれて良かったとは思う。
ただ、正面に座る先輩は、足を組んで目線は外の風景。さっきから何も話さない。きっとすごく機嫌が悪い。


「残念でしたね。メイと一緒に観覧車、乗れなくて」


嫌味というか、自分でも何がしたのかよく分からなかった。なんで、こんなこと言っているんだろ。
そんな私の言葉に、景色をなんとはなしに見ていた先輩の目線が私に映る。
それから、一言。


「なんで?」
「へ? だ、だって先輩、メイと一緒に観覧車、乗りたかったでしょう?」
「うーん、オネエチャンはさ。俺と一緒に観覧車、乗るのイヤ?」
「え? イヤとかそういうのでは……」


なんでこんなことを聞くんだろう。ひたすら疑問で、どう答えるのが一番いいのか、答えが頭に浮かんでこない。
悩み俯く私に、上から先輩のため息を聞こえて、ビクリとなる。また、怒らせたのだろうか。


「つかさ。お前って俺のこと、どう思ってるわけ?」
「どうって、なんで、そんなこと聞くんですか?」
「……いや」
「佐藤先輩は、メイのことしか気にしないんですよね。だったら」
「わかんないなら良いよ、別に」


そう言って、またため息をついてから目線をゴンドラの外に向けなおしてしまう。
これ以上、なにを話したらいいのかわからなくて、気まずさから私も先輩が見ている外の風景へと目をうつした。
大きな観覧車はちょうど頂上あたりに差し掛かり、海岸に面している遊園地からはキラキラと光るものが見える。


「あれ、なんですか?」
「なにって海だろ、普通に?」
「あれが、海……」


工場地帯の向こう側に、昼間の太陽に照らせれて光る一面の水たまり。
あんなに大きな水の波紋、大きな海、あれが……海。
ぼぉっとキレイな海が呆けるように見つける私に、正面の先輩が足を組みなおす。


「なぁ、さっきからなんなんだよ?観覧車のこととか、海のこととか聞いてきて。牧原の住んでる町は海に面してないけど、隣町に来ればあるんだから珍しくもないだろ?」
「私、物心ついたころからは、海って、その……見たことないんです。ううん。物心ついてからは、あの町から出たことがない」


本当のことだった。物心ついたころ、そう、ちょうど幼稚園に通いだした頃から、私はあの町を出なくなった。
いや、出ることが出来なくなった。だから、メイから隣町の遊園地に行こうといわれた時、戸惑ったのだ。
あの町を出ることなんて、何年ぶりかもわからなくて・・・・怖かった。


「いや、でも旅行とか行っただろ? 家族旅行とか、修学旅行とか」
「家族旅行との時は、私だけ叔父の所に預けられました。修学旅行の時は、親が学校に欠席の連絡を入れていましたし。メイには、すべて私の体調不良だと言っていたみたいですけど。だから、海を見るのも、あの町を出るのも本当に久しぶり。キレイですね、海」
「……」


美しい海に視線を送る私に、先輩はそれ以上何も言わなかった。その沈黙が、やけに心地よくて。
家族旅行や修学旅行からメイが帰ってくるたびに、届けられるお土産と見舞い品を見るのがいつも嫌だった。
ずっと思っていた。こんな遊園地や、昔に見たキレイな海も、いつか出来るかもしれない大好きな人と一緒に来れる日がくるのかな、なんて。
楽しそうに笑う、メイとサトシを見ながら、……ずっと思っていた。

一方で、きっと佐藤先輩は、こんな定番のデートスポットなんて数えられないほどの来てるんだろうな、とか私には関係ないことまで考えてしまって、そんな自分に困惑したりした。
誰か本当に大切な人が、譲りたくない人が出来たとき、あの海にも一緒に行けるのだろうか―――。



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