そのに映るモノ 第4話-B




― side スグル


本来、高校生たるもの日曜日には遊びに行かなければならないという世の中で、俺はなぜか今、女の腕をとって自宅へと帰ったところだった。
それも、相手はねっとりとした色気を醸し出すお姉さんでもなく、かといって遊びたい盛りのキャピキャピの女の子でもない。
しかも、真っ昼間で相手は今にも泣き崩れそうに涙を流す、いかにも俺みたいな男にとってはめんどうくさそう優等生の女。

せめてこれが、妹のメイちゃんだったら。
少し前までなら、そう思っていたのに。思っていたはずなのに。
どうしちまったんだ、俺は?


「はあ」
「ぁ、あの、先輩。私、やっぱり」
「いいから、入れよ」


俺に痕が残るんじゃないかってくらい強く腕を握られていた牧原サキは、さっきからのちょっとした俺の態度にいつも以上にビクビクしてやがる。
そんな情けない態度にイライラして、何度も舌打ちを繰り返すのだが、本心では今の状況を作り出した自分へのため息が繰り返されていた。
また、これだ。最近になって気づく、牧原といるときの〈気がついたら、こうしてた〉の行動。
無意識のうちに牧原に対して行っている行動であって、同時に俺自身の気に入らない行動でもあったはず、だろ?


「私、本当にもう大丈夫なんで」
「そこらへん、座ってろ」
「ぁ、はい」


やっとこさ止まりかけている涙を拭いながら、この場をどうにかして帰ろうと言い訳する牧原の言葉を無視して、いつもの命令口調で言ってやれば、牧原の方もやっと観念したように静かになった。
そして、ほぼ初めて来るであろう他人の男の部屋を、そわそわと落ち着きなく見渡す。
だけどさ、男の一人暮らしなんざ、基本的に必要最低限の物しか置いてない。
インテリアらしいものと言えば、ここに引っ越してきた時に荷物整理を手伝った姉貴が、勝手に飾り付けたものが少し。
俺が台所に言っている間、そんな質素な面白味もない部屋で一枚の写真に目を止めていた。


「これ。ご家族の写真ですか?」
「ああ? あ〜、それな。うん、まあ」
「素敵な写真ですね」


そう言って微かに笑う牧原の顔が、とても悲しげで、なのに……キレイだ、とか思っている自分に驚いた。
それを無理やり振り払うようにして台所に向かう。そこからじゃ、リビングにいる牧原は見えないから。




最近の、いやこの2日間くらいの俺は変だ。
俺はこの2日間、好きになった牧原メイちゃんとのデートではしゃいでいるはずだったのに、朝から別のことばかり頭を占領してやがる。
今日、遊園地に行ってからも目が自然と追ってしまうのは、メイちゃんじゃなかった。
あいつの表情ばっかり気になって、あいつの言葉の真意を探ろうと頭をフル回転させていた。

そうだ、あいつのあんな涙を見たせいで。

2日間、この感覚の意味をずっと……そう、ずっと考えていた。
答えは出ない。いや、出したくない自分がいるのか。とにかくこの問題は解いてはいけない気がしてるんだ。
そんななかで原因の牧原と2人っていうのは、どうも居づらいものがあるよなぁ。


「はあ。なにやってんだ、俺」
「先輩? わ、私やっぱり帰りましょうか?」
「いいから、飲めよ」
「い、いただきます」


牧原に甘めのココアを飲むように言い、俺は自分用に淹れたブラックコーヒーをグイッとあおる。
ブラック特有のほろ苦さが喉をとおる。ほろ苦い感覚は、まるで今の俺自身をうつしだしているようで喉が焼けそうになった。
何がしたいのかもわからないまま、牧原を自分の家にまで連れ込んで。

はあ……。ほんと、何がしたいんだ。

小さなテーブルを挟んでカーペットの上に座る女に、自然と目がいく。
よく見れば、メイちゃんと双子だけあって顔の創作は良い方だと思う。
でも、他の部分は本当に普通。特に性格なんて、むしろ目立たない方。いや、自分から目立たない方へ行こうとしている感じがヒシヒシと伝わってくる。

最近、わかってきたこと。

そんなひ弱そうな性格をしている癖に、変なところで意志の強い頑固なところがある。
例えば、そう。頭山サトシに対する気持ち。
牧原は幼馴染の頭山サトシのことが好きだ。そんなの言われなくても見りゃわかる。
出会って数日しかたっていない俺でも気づいたっていうのに、当の頭山サトシやその彼女であるメイちゃんは全く気付いていないというのも不思議な話だ。
ある意味、似たもの同士であろう幼馴染たちを見て、牧原は今までどれだけ傷ついてきたんだろうか。

どうして、そこまでして頭山サトシが好きなんだ?


「どうして、メイが好きなんですか?」
「は?」
「ぁ、えっと、すみません。いきなり、こんなこと聞いちゃって。それに、私には関係ないことですよね」
「……」


単純に驚いた。自分が感じていた疑問を、裏返しのように聞かれると思わず言葉に詰まる。
そして、「すみません」と必死に謝る牧原に、今すぐに「違うんだ」と否定できない自分に腹が立った。
でも、ここで「違う」と否定してどうなる? だいたい、なにが「違う」んだ? 牧原サキを、どうしたいんだ?


「牧原はどうなんだ? 牧原は、どうして頭山が好きなんだ?」
「私、ですか? ……えっと、なんででしょう。なんか、改めて聞かれるとなんて答えたらいいのか」


少し困ったように照れながら話す牧原は、俺を無償にイライラさせた。
俺はテーブルの近くにあるベッドへと座りなおす。今までの経験上、少なからず何かを感じ取った牧原が身を固くする。
それにまた、俺はため息をついて俯いていた顔をあげ、ゆっくりと牧原に手を伸ばした。


「来いよ」
「え」


いつもより数段低い声で呟くと、案の定、牧原が息をのむ。
あ〜、またいらん勘違いしてるんだな、こいつ。ま、そう勘違いさせるような動作をわざとしている俺も、俺だが。
照れた顔はどこへやら。今、牧原の頬を赤く染めているのは、どういうことなのか。こいつ自身はわかってないだろうに。
座った俺の目の前まで来たものの、これからどうすればいいのかわからないのか、牧原の目が可笑しいくらいに泳いだ。


「……せ、先輩、あの」
「ベッドに横になれ」


内心は可笑しくてしょうがない俺だが、そこは笑いをこらえて低い声のまま牧原を誘導する。
大人しく、でも戸惑いながらベッドに横になる。で、俺もその牧原の隣にごろりと横になった。
その上から、布団をばさりと掛ける。さすがにシングルベッドに2人は狭いが、しょうがないな。


「……」
「ぇ。……せん、ぱい?」
「ん、なに?」


2人してベッドに横になったのはいいものの、なんのアクションも起こさない俺に意味が分からないという様子で牧原が聞いてくる。
いや、だからさ。最初っから、勘違いしてるって言っただろうが。あ〜、牧原には言ってないか。
俺はわざと面倒くさそうな表情で閉じていた眼を開けると、すぐ近くに牧原の困った顔が飛び込んできた。


「これって、その」
「お前、寝てないんだろ? 朝もぼぉっとしてたし。どうせ寝不足なら、今寝とけ。ちょうど俺も眠いから、一緒に寝る」
「ぁ。ぃや、あの……」
「もちろん。他のこと期待してんなら、お応えしないこともありませんが?」
「ぇ? そ、そんなことないです!」


軽い冗談にもそれこそ耳まで真っ赤にして、布団を頭までかぶり動かなくなった。
そんな初心な反応を返す牧原を本当に可笑しくて、俺はクスクスと笑う。
だけど、今日の朝見たときからフラフラしている牧原が目についていたのは本当だったから、俺に笑われて身を固くした牧原の髪の毛をできるだけ丁寧に指でといてやった。
それに安心したのか、牧原のあからさまな緊張が解けて、思っていたよりも早く小さな寝息が聞こえてきた。

頭までかぶった布団を、肩までそっとおろしてやる。
本当に寝不足だったであろう牧原は、いつもあれだけ周囲に神経を尖らせているにもかかわらず、今は白い頬を撫でてもピクリともしなかった。


「そういや、近くでじっくり牧原の顔見るのって初めてじゃないか?」


いつも情事のあとだって、ゆっくりいちゃいちゃなんてする間柄じゃないのは、言うまでもない。
その寝顔は意外にも穏やかなもので、またキレイだ、と思ってもこの時は不思議に思わなかった。
それから、考えるのが面倒になり始めた俺は、牧原を抱きしめるような状態で穏やかな眠りにつくのだった。


このときの俺は、内心かなり動揺していただろう。
なにとなにの間で揺れているのか、自分でもわからないくらい。

でも、これだけはいえる。


この瞬間がなかったら、俺はきっと変わったりなんかしなかったと思う。



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