そのに映るモノ 第6話-C




― side サキ


こんなに弱々しい佐藤先輩を見たのは初めてだった。

「もしも、先輩を慰めてくれる人がまだいないなら、今だけは私にその役をくれませんか?」
「お前、自分がなに言ってるかわかってる? 原因ってお前なんだぜ? そのお前が俺を慰めるわけ?」

悲しげに笑う先輩の手首を掴む。振り払われそうになるけど離さない。

先輩の言うことは尤もだった。
今の私はとても矛盾している。それでも、今、この手を離してはいけないということだけはわかっていた。

「わかってます。だけど、今の私は自由なんでしょう? だったら、私は先輩の傍にいます。私がそうしたいんです」
「俺が嫌がってんのにか? 迷惑だって言ってんだぜ?」
「うざがられるのも承知の上です」
「……馬鹿みてぇ」

掴んでいた先輩の腕から力が抜けた。
背けられた顔に表情は見えないけど、先輩はなにか考え事をしているようだった。

面倒な私をどう突き放すかを考えているんだろうか。

どんなに強気に言い切ったところで、気弱な私は内心、波打つ心臓を止められずにいた。
私のどうしようもない馬鹿さ加減が先輩を傷つけているのに、その私になにができる?

そう。私は先輩に―――なにができるだろう。

「先輩……スグル、先輩」
「脱げよ」
「っ」

私の手が肩に触れるより先に、先輩の冷たい声が飛ぶ。
顔を上げると、振り返った鋭い瞳とぶつかる。

「脱げ、全部。自分でな」
「……それは、先輩を慰められる方法ですか?」
「さあな。自分で考えれば? お前、自由なんだろ?」

しばらく冷たい瞳を見つめていたけれど、ことば以上の意味を読み解くことはできない。
私は唇を噛んで、制服のタイに手をかけた。

タイをしゅるりと外して床に落とす。ブレザーとシャツを脱ぎ捨て、ウエストを緩めるとスカートがすとんと落ちた。
下着と靴下だけの格好になると、さすがに押し殺していた羞恥が沸き上がってくる。

そこで止まってしまった私の動きを、ベッドに腰かけた先輩の視線がじっと見つめてくる。

「なにしてんの? 続きは?」
「あ、の……」
「恥ずかしいとか言う? それともやっと正気に戻ったか。……帰る?」
「かっ、帰りません」

反射的に答えてしまうことばが墓穴を掘っては、行為の続行を促す。
ぎゅっと握り締めた手を開き、後ろにまわしてブラのホックをゆっくり外す。留め具を失った布をそっと床に落とした。

病的に白くて、それほど肉つきも良くない胸があらわになり、先輩の目に晒される。
できるだけ先輩の目を見ないようにして、ショーツの布地を下ろして足を抜いた。

「エロイ脱ぎ方。どこで覚えたんだよ」
「え?」
「靴下だけって、逆にやらしいだろ」
「ぁっ」

指摘されて初めて、黒い靴下だけを身につけた自分の姿が、いかに格好悪いか気がついた。
慌てて靴下も脱いでしまおうとするが、その手はベッドに座った先輩の方へ引っ張られる。

「きゃっ」

突然のことに、引っ張られた体が先輩の胸元に倒れ込む。
それを軽く受け止めた先輩が、私を自分の膝元に乗せた。
ほとんどなにも身に付けていない自分が佐藤先輩の膝に乗っている構図は、あんまりいい気がしない。

「あの、この体勢はちょっと……ひゃっ」
「なぁにが?」

その上、私の体を抱きこんだ先輩が、腰から背中にかけてゆるやかに手を這わせてくるのだ。
思わず逸らした胸元が、先輩の着るバスローブに擦れて変な感じがした。

「ん、や」
「なに、自分でバスローブに擦りつけてんの? 乳首、ちょっと立ってる」
「ちがっ……や、だ」
「嘘つきだな、牧原は。それとも、俺のこと煽ってんの?」

言いながら、先輩は私の首筋に唇を当て軽くはみ、両手で背中を撫でまわす。
そのいつもよりあいまいな刺激に、私の体は何度も小さく跳ね上がる。

「ぁ、はっ……ふぅん」
「牧原、一人で感じてんなよ。お前、俺を慰めるんじゃなかったのか?」
「だっ、て、はあ……せんぱ、い、手……止めて」
「なんで? ああ、そっか。牧原はこれくらいの刺激でも感じちゃって、下とか濡れちゃうもんな」
「ひゃっ」

おもむろに先輩の足が私のあそこを擦りあげた。
大きくびくりと反応すれば、目の前の先輩はにやりと口元を上げる。

すっかりいつも通り意地悪な佐藤先輩に戻っていた。
それはいいけれど、安心なんかしてられない。今度は私の方がいつも通りではなかった。

背中を撫でられ、首筋を舐められ、たったそれだけの刺激で私の下半身は濡れていたから。

「あ〜あ、お前のせいでバスローブ濡れちまってるじゃんか。どうなってんの、お前の体。…………ふ、淫乱」
「ちがっ、違い、ます!」

さげすむようなことばに、全力で否定を返す。
こんな風になって否定するなんて馬鹿みたいだけど、誰にでも足を開く女だと思われたくない。

「こ、こんな風になるのは、スグル先輩だからっ……」
「…………へぇ」

ふいに、先輩の手が止まった。やっと呼吸が落ち着ける。
と同時に、先輩の目がじっと見上げてくるのに気が付いた。

探るような、疑るような瞳。
どうして、そんな目で見るんですか。

「せん、ぱい?」
「ふぅん。『俺』、だから?」
「え?」
「牧原は俺だから、こんな風に触られても、焦らされても、いっぱいひどくされても―――感じんの?」
「ぁ、は……」

耳元でささやかれて体が震える。ううん、違う。
スグル先輩の、私のなにかを引きだそうとする声は、私の心を震わせる。

視界が涙でにじむ。
先輩の指先がうなじの後ろから下に向かって、つつっと撫でていく。

「ふっ、ん!」
「なあ、牧原? 俺と、セックスしたい?」
「あっ」

下唇をぺろりと舐められ、上ずった声が出る。

ここまで追い込んでおいて、そんなこと今さら言わせるなんてずるい。
だって今、それを答えたら、私の方から求めてるみたいじゃないですか。

そんなこと、私には……。

「…………たい、です」
「ん?」
「スグル先輩と、したい、です」

か細い声も静かな部屋には大きすぎて、耳に響いて痛い。
これ以上なく真っ赤になった私を見て、先輩はこれまでにないくらい優しい笑みをみせた。

「そっか。うん、俺も牧原としたい」
「え」

ふわりと笑った顔とあり得ないことばに驚く間もなく、ベッドへ押し倒される。

「本当は乗っからせて、お前に自分で入れさせようと思ってたけど、予定変更。つーか、俺がもたねぇし」
「え? え、え?」

目を白黒させて、状況の理解に慌てる。
先輩は可笑しそうに笑った。

「なに今さら焦ってんだよ。ほら、もう話はいいから、こっち集中しろ。あ〜、ミスった。焦らし過ぎて、俺の方が余裕ねぇじゃん」
「あ、あの、スグル先輩?」

押し倒されて、目が合う。
スグル先輩はふっと笑んで、私の頭を優しく撫でてきた。

あれ? なんか、スグル先輩、機嫌いい?

ふいに、その目が細められ、真面目な顔が私を見つめる。

「牧原。お前は俺だけ見てろ。余計なこと、考えるな」
「スグル、先輩……?」
「お前は俺の名前だけ呼んでたらいい。俺だけを見て、俺の名前だけ呼んで―――俺のことだけ、考えてろ」

それからの行為は経験したことないくらい、優しくて甘いものだった。
私は与えられる快感とスグル先輩の雰囲気にのまれ、どうしてこんな風に扱われるのか、それを考える暇もなかった。

ただ今は、私の前にいる先輩が泣かないでいてくれる、それだけで堪らなく嬉しくなってしまう。

ああ、なんだか今日はずっと―――スグル先輩のことばっかり、考えてる。





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