そのに映るモノ 第7話-@




― side スグル


選択肢のない状況下だったとはいえ、牧原は確かに俺を求め、俺にすがった。
そのことに説明できないほど高揚したし、状況は俺を満足させた。

あの日、牧原としたセックスは今までのどんな行為よりも、俺の体を熱くさせたんだ。



あれから、一週間が経つ。

俺は牧原を呼びださなくなった。脅すためのネタがなくなったのというのもある。
けど、ほとんどは俺の方から接触しているせいで、呼びだす必要がないだけだ。

代わりに暇があればメールをする。
ただし、これまでの呼びだしメールと内容はがらりと変わったけどな。

一郎が馬鹿やってたこととか、売店で幻のパンをゲットしたとか、わりとしょうもないこと。
自分でメールしてても「なんだ、これ」とか思う。

だけど、あいつから返ってくるメールはもっと「なんだ、これ」だ。

『そうですか』『大変ですね』『良かったですね』

ほぼ、この三単語に凝縮されて返信がくる。
あいつ、どんだけ興味ねぇんだよ。考えてたらだんだん、腹が立ってきた。

「もうちょっとくらい、まともな返事しろよな」

牧原からのメールを思い出してはイライラする日々。
俺は適当に校内を歩き、掲示板前にできた人の群れに気が付く。

そういえば、今日は期末試験の順位発表だったか。

うちの学校では定期テストの成績上位者100名を職員室前の掲示板に張り出す。
1年から3年までまとめて張りだされるので、この時期の掲示板前は人だかりがすごい。

なんとなしに順位の書かれた張り紙を見て、ふと1年の表に目がいく。

「牧原のやつ、3位かよ。そんな頭良いのか、あいつ」

上から3段目に書かれた『牧原サキ』の名前。
妹のメイちゃんの名前はない。かわりに頭山サトシの名前が53位にあった。むかつくやつだ。

牧原はそこそこ頭がいいのだろうと思っていたが、まさか学年3位の実力だとは思わなかった。

と、人だかりの外にぽつんと立つ、当の本人を見つけた。
いつも以上にぼおっと突っ立っている。俺はからかうために声をかけた。

「よぉ、牧原」
「……あ、佐藤先輩」

一瞬、びくりとした牧原は俺の顔を見ると、今度は顔を赤らめ、それから小さく頭を下げる。
最近の牧原には、びくつくなかにこの『赤い顔』が混じるようになった。

その顔は結構、気分がいい。

「お前、自分の順位、見たか? 3位なんて嫌味ったらしい順位とって、どんだけ頭良いんだよ」
「はい。今回、3位しか取れなくて……正直、失敗しました」
「はあ?」
「え?」

俺は驚きに目を見張る。不思議そうに見返してくる牧原。
こいつ、今、なんて言った? 3位『しか』取れなくて?

3位って失敗なのか?

唖然とする俺をよそに、牧原は廊下の時計を見る。

「次の授業、移動なので失礼します」
「おい、牧原!」

牧原は妙にそわそわした動きで廊下を歩いていく。
あごに手を当てなにかを呟き、俺の呼びかけもろくに聞こえちゃいない。

「牧原、次のメールはちゃんと返事しろよ! ……って無視かよ」

言うべきことを叫んだけれど、ふらつく牧原が振りかえることはない。
今の会話、俺のことは意識の外だった気がする。牧原のくせに、あの態度はない。

「あれ、スグルじゃん。順位、どうだった?」

声に振り返ると、一郎が職員室から出てくるところだった。
やけに明るい一郎と、俺を無視した牧原のギャップについ舌打ちが出る。

「ええ、人の顔見て真っ先に舌打ちって」
「お前にかまってる場合じゃねぇんだよ。くそっ」
「なになに? どうした、スグル? サキちゃんとケンカでもした?」

俺は一郎がのたまいくことばに一瞬、声を失った。
一郎を見れば、なにがおかしいのかわからないと言わんばかりにきょとんとしている。

「な……んだって?」
「ん? お前とサキちゃん、付き合ってんじゃねぇの?」
「はあ!?」
「あれ、違うのか? いや、最初の頃は妹のメイちゃんが気に入ってんのかとも思ったんだけど、最近はやけにサキちゃんに熱い視線を送ってるし、相手もまんざらでもなさそうだから、付き合ってんのかと」

長々とまくし立てた一郎に、俺はぱくぱくと口を開閉させる。
なに言ってんだ、こいつ。俺が牧原と付き合ってる? あり得ないだろ、あり得ないだろ。

あり得ないだろ!

一郎の馬鹿さ加減にはほとほと呆れたが、それ以前に俺と牧原がはたから見ると『そういう風』に見えてしまうことに驚愕した。

それからは驚きとイライラで一日を過ごし、家へ帰ってすぐ牧原へメールを送った。
内容は今日、無視したことへの説教だ。憂さ晴らしの気もあった。
自分でもどうかと思うが、今日のは牧原が悪い。


―――その日、牧原からメールが返ってくることはなかった。


●●●




「あ・い・つ、とうとう無視しやがった!」

次の日、俺は1年の教室がある廊下を苛立ち歩いていた。
廊下ですれ違う下級生が俺の怒る姿に驚いて端へ避ける。
悪目立ちは面倒だから普段なら嫌うが、今日はそうも言っていられない。

昨晩、牧原に送ったメールに返信が来ない。
前の日に『ちゃんとした返事をしろ』と釘をさしておいたのに、事態は悪化してる。

「調子に乗ってんじゃないのか。俺がちょっとかまってやってるからって。おちょくりやがって」

と、そこまでぶつくさ呟いて、足を止める。
これじゃ、俺の方がかまってほしいみたいじゃねぇか。

頭に浮かんだ考えに、盛大に舌打ちをかます。
そんなわけがあるか。本当なら牧原なんてどうでもいいんだ。

牧原なんて、どうだって……。

「あっれぇ、どっかで見たことあるチャラ男、はっけーん」
「誰がチャラ男…………なっ!」

後ろから振られた声に、反射的に振り返って絶句する。
もう二度と会いたくないと思っていた人物がそこにいた。

高い背丈に流れる白衣。嫌味に笑った口元、笑えない鋭さを持った瞳。
『お兄ちゃん』こと、牧原の叔父である桜小路善(サクラコウジ ゼン)である。

「な、なんで、あんたがここにいんだよ! 学校だぞ!」
「目上に対して『あんた』は失礼。学校だってことはわかってる。俺は仕事で来たんだよ、オーケー?」

なぜか最後は英語で訊かれ、牧原の叔父は人さし指を顔の前で振る。
相変わらず人を馬鹿にした態度だ。俺はギリリと奥歯を噛んでにらみ返す。

「仕事ってなんだよ。あんたの仕事、薬局だろ?」
「だから、あんたじゃねぇって。俺の仕事は町医者でもあんの。今日は1年の健康診断の打ち合わせ。俺は面倒だからいらないって言ったのに、ここの先生たちは手続きが好きでね」

言いつつ、俺の頬をつねって上に引っ張る。
自分より背の高い相手に、頬を引っ張り持ち上げられるなんて屈辱以外のなにものでもない。

「いでっ、いでで! なんでもいいから手ぇ離せ!」
「おっと失礼。どうでもいい顔がさらにどうでもよくなるところだった」
「それ、どういう意味だよ!」

キャンキャンとうるさい犬だ、とさらに失礼なことを言って牧原の叔父は耳をふさぐ。

変にガキ臭い上に一応、大人であるこいつは、牧原が好意を寄せる頭山サトシよりも性質が悪い。
からんでいるのも面倒で、俺はさっさと目的地へ向かうことにした。

が、素通りしようとした俺の首根っこをやつがまたしても摘まみあげる。

「なあ、チャラ男。仕事ついでにサキとメイに会っていこうと思うんだけど、教室どこ? 案内しろ」
「なんで命令形なんだよ。そこは頼みこむところだろ! 土下座でな!」
「わかった。薬漬けだな。いいよ、別に。今、ちょうど良いのを持ってるから」
「だあ! めんどくせぇ!」

手に下げた、診療用バックを持ち上げて、にこりと笑うやつには逆らわない方が賢明だ。
余計な面倒は避けたい。さっさとメイちゃんのところにでも連れて行こう。
それから俺は牧原にサシで話をつければいい。

白衣姿の男に上級生という、なんとも言えない組み合わせが廊下を歩けば、1年の生徒はこぞって教室へ逃げていく。

俺だってさっさとこんな仕事は終わらせて、牧原に文句の一つや二つ言いたいものだ。
なんなら、今日はこのまま空き教室で過ごすのもいい。久しぶりにあの熱を味わいたい。

「で、俺の忠告は守ってるんだろうな、チャラ男」
「『チャラ男』やめろ。あんたには関係ないだろ」
「そっちが『あんた』を止めないからなぁ。関係はある。大事な姪っ子のことだからね」
「はあ、いい加減に過保護すぎ。そんなん、牧原の問題だろ」

そこまでだらだらと歩きながら、だらだらとしゃべっていると、急に相手が「へぇ」と意外そうな声を上げた。

「『俺の勝手だろ』とか言わないの? サキに決めさせるんだ、へぇ」
「んだよ? うっぜぇな」
「いやいや、ふぅん。ちょっとは進展してるってことか。まあ、チャラ男程度がサキを導けるとは思えないけど。サキはそんな簡単じゃ」

桜小路の声が聞こえたのはそこまでだった。

突如、廊下の端から壮絶な悲鳴が聞こえたから。

音というか音波というか、耳を揺さぶる人の叫びが校舎中に響き渡った。
俺の体はビクリと震え、訊いたこともない悲痛な声に心臓が撃たれる。
教室へ引っ込んだ生徒たちも廊下へ顔を出し、驚きの不安の声を上げる。

なんだ。いったい、なにが。

疑問が声になるより早く、俺の隣で風が切った。
目を向けると、すでに桜小路が廊下を走って悲鳴の方へ走っていく。

「なっ……なんだよ、急に。くそっ」

なにかわからないが嫌な予感がした。
そして、それは前を走った桜小路が一番端の教室のドアを開け、疑いようのないものになる。

「サキッ!!」

桜小路は教室の中を確認する前に、牧原の名を叫ぶ。
正直に言おう。こんなところで格好をつけてもしょうがない。

「……」

俺は教室の扉をくぐることさえできなかった。






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